ベジタリアンの挑戦

September 2, 2008 food

以下の記事が気になったので、ちょっと反応してみる。

彼は自分より大きな動物の肉を食べることに抵抗があり、雌牛の肉を食べることを「差し出がましく、雌牛に恥をかかす行為」としているため、食べることができないそうです。そんな彼ですが、ステーキを食べることによって自分の人生に新たな光が見いだせるのではないかと考え、ステーキを食べようと決意したようです。

全く赤身の肉を食べたことがないベジタリアンの男性が牛肉のステーキに初挑戦 - GIGAZINE

僕が知り合った中にもベジタリアンは何人もいたけれど、もっと後天的というか、大人になってから思想やライフスタイルから自ら望んでそうなった人たちだった。そして、そのうちの一人はいつの間にか肉も普通に食べるようになり(そしてゲイに目覚めてしまった)、かえって優しい気質になった。

それにしても、記事中のジェイコブスさんが思い切って牛肉のステーキを食べようとしたのはとても彼の中で大きな乗り越えだったのだろうと思う。残念ながら彼はやはりベジタリアンに戻るのだが。


自分が以前10ヶ月ほど動物性のものを断っていたあと、初めて肉(牛肉)を口にしたときは、もちろん胃の中にクラスター爆弾を投下されたようだということはなく、線香花火ほどもショックはなかったけれど、肉の味がしばらくわからなかったことを思い出した。お腹は少し壊したかもしれない。

ベジタリアンで思い出したのはもう一つサラエボで一緒になったジェシカのこと。

彼女も後からの理由ではなく、体質的な問題でベジタリアンだった。彼女は今はどんな作品を作っているのだろう。

サラエボといえば、大半がムスリム(イスラム教徒)なので宗教的な理由で豚肉を食べないのだが、東京での展覧会のために彼らが来たときも食べ物には結構苦労していた。

なんでも食べられるというのはいろんな意味でやはり幸せなのだろう。

Posted by Kei at 10:22 PM

Tags: ,

  • 自分でない誰かの物語 / 自分の物語

    August 19, 2008 movies

    カンナミ・ユウイチの生きた時間。クサナギ・スイトの生きる時間。 それは物語の外部である自分たちにはフィクションであるけれど、彼らの生きている時間は誰のリアルで誰のフィクションなのだろうか。 決して乗り越えられない存在。リアリティのために必要なショーとしての戦争。

  • 『数学ガール』を読んで諸々(学ぶこと)

    August 13, 2007 others

    数学に限らず、何かを学ぶことに対しての苦手意識というのは、本当は納得できていないことを「公式だから」とか、授業の進行だからとかでちゃんとクリアにできないまま進んでいくことに原因があるというのはよくある話し。そこを要領良くスムースに通過できてももっと先で、その本質への理解度というのはずっと影響してくる。

  • 2007年のサラエボ

    July 22, 2007 photographs / sarajevo

    どういう経緯だったか忘れてしまったが、Flickr!の“Sarajevo”グループの管理人が自分だったことを思い出した。自分で立てたんだったか、誰かかから引き継いだんだったか... 

Comments

1

はろー。
なんとジェシカは今イギリスに住んでいます。今年の秋に引っ越しましたのん。
そして、ベジタリアンはやめたようです。なぜジェシカはベジタリアンなのか、私が理由を聞いた時に、彼女は、高い肉=より良い生産方法の良い肉を買うお金がないから食べない、という様なことを言っていました。
でも最近肉を食べていたので、お!!と思い尋ねると、「もう止めたの」といっていました。なんだか勝手に残念に思った私ですが、相変わらず色んな調味料や植物と向き合って生活している模様です。http://www.jessicaworden.nl/

Posted by: wan at December 3, 2008 12:53 AM

Post a comment

loading...


Trackback

Trackback URL : http://www.add-info.com/mt/mt-tb.cgi/1421

top