先月末にMTのアップデートをした際にコメント周りの確認をしていなかったため、しばらくコメントフォームが機能していませんでした。現在は修正したのでおそらく大丈夫だと思います。まだうまくコメント出来ない場合はご連絡ください。
失礼しました。
September 2008 Archives

Shanghai World Financial Center
X軸の長さとスクロールで高さを意識させるインターフェイス。
特に上海のサイトばかり探しているわけではないけれど、また上海に関連したウェブサイトを紹介。
「上海環球金融中心 Shanghai World Financial Center」のオフィシャルサイト。
101階、高さ492mという高さを誇るその建築にふさわしく、ウェブサイトのナビゲーションも上下方向を強く意識させる作りになっている。
ウェブサイトに限らず、PC環境はエクセルを除き、ほとんどが縦軸のスクロールを中心としたインターフェイスであるので、「縦、上下、X軸」という事自体は特に目新しいものではない。文字が横書きで書かれるためだ。

Happy Workplace 企業経営の命運を握るワークプレイス・デザインの新潮流
新しいサイトを制作いたしました。個人としては久しぶりになります。
日経BP社より昨日発行されました『儲かるオフィス 社員が幸せに働ける「場」の創り方: 紺野登 著』のサポートサイトです。
儲かるオフィス 社員が幸せに働ける「場」の創り方
紺野登 著
竹中工務店、ユニクロ、ソニー、博報堂、日立グループ、ソフトバンクテレコム、乃村工藝社、日産自動車、ケンブリッジ大学、米ゲンスラー、オーティコン--。
不機嫌な職場の原因は、オフィスにあり―。
儲けたければ、まず、知を生む空間を創れ!
Webサイトでは書籍に未掲載の記事や写真(Google, オーティコン...)なども見ていただくことが出来ます。
また、自分のワークプレイスの状況を計るための目安となるアンケートなども用意していますので、見ていただければ幸いです。

GOTOCHINA
大胆に全面に敷かれた大きな写真がとても魅力的。
上海、北京のスナップ写真、何を持って行ったらいいのか、今はどんなイベントがあるのかなどの情報がある。各写真はトップページと同じようにウィンドウ全体へ展開され、コンパクトなナビゲーションとマウスオーバーでの動的な前後へのリンクが控えめ。
作成したのはノルウェーの学生グループ。学校名は不明だけれど、アリ(ARRI)のカメラ、アリフレックスが写っているカットがあるので映画・映像関係の学校のようだ。
2週間の中国滞在の中で撮影された写真なのだろう。それほど数が多いわけでもないし、全く見たことのないような光景もない、普通の一旅行者のスナップ程度のものもあるが、それでもブラウザいっぱいに大きく写真を見せられると引き込まれるものがある。
映画や映像作品は、スクリーンに集中できるような環境で見るのが普通なので、このサイトもそういう狙いで作られているのかなと思う。
これまでは回線速度の問題であまりこれくらいまで一枚の大きな写真を扱うサイトは少なかったけれど、各国の回線速度が早くなっているのと、サイトを見る側が「軽さ」よりやはり「質」をという意識になってきたことで、こういうサイトも増えてくるのだろう。
作り自体はFLASHは使用せず、Javascriptとli要素などHTML+CSSで書かれていたりと最近のものだが、b要素を使用していたり、メインの画像がtableの背景画像だったりと少々アンバランス。
でも良いサイトなのは変わらない。「中国行きたい!」と思ったので。
京菓子の末富三代目、山口富蔵さんがNHKの「NHK プロフェッショナル 仕事の流儀」に出演されていた。
末富の和菓子については以前デザイン展に行った際に.automealでとりあげているが、「一期一会」というキーワードのもと、一回きりの茶会の席のためにそれにふさわしい、そして新鮮な驚きと遊びをこめた菓子を作っていく過程が面白かった。
源氏物語と関係のある茶会、そしてクライアントのリクエスト「夕顔」にどう答えていくかを考えていく中で、源氏物語を読み込んでいき、そして「香の図(参照:香の図 - Wikipedia)」を参照し、扇子の形の菓子の表面に記号的に取り入れるアイデアを思いつく。
そこからも実際に菓子の形にしていく上で、他の要素を付加するべきか、それともシンプルにその「図」だけでいくかを探っていくわけだが、山口さんは ひとつの方がしゃれていると思う
と最初のひらめきを弱めないことを中心に据えて組み立てていく。
茶会の席で自分の菓子が出るのをずっと心配そうに見守る。
会が終わると一人の女性が山口さんのもとへ。そしてその手には香の図をあしらった扇子。
「リファーする」というのは文章を書く人だけでなく、デザインをする際、作品を作る際にも重要で、別に何を込めているから、参照しているからと言うわけでなく、ある共通の経験であったり、記号であったりをその「一期一会」をより強いものにするための言語なのだなと思った。
作品を提供していく人、その作品の形はもちろんそれぞれだが、いつ誰に対してもどの場であってもそれが新鮮な驚きをもって受け入れられるために、アンテナを常に張って、引き出しを常に整理している、そういう人もやっぱりいる。
食べてしまったらおしまいですから
だからこそあの菓子が作れるのだなと納得した。
「ストレンジリ・ファミリアー」
ミカル・シェルビン
イスラエル、ハイファ出身で現在はNYブルックリン在住の女性写真家、ミカル・シェルビンの初写真集。
イスラエル、イングランド、ウクライナ、ロシアといった土地のサーカスの人々を、スクエアのフォーマットの中に真正面から収めている。彼ら彼女らの眼は静かに、しかし強い意志を持って撮影者であるシェルビンをまっすぐ見つめ、シェルビンはその彼らの鍛え上げられた、削ぎ落とされた、未成熟の、成長しない肉体を静かにフィルムへ焼き付ける。
それはとても静謐で、そして見るものを不安にさせる不協和音をそこに放つ。
彼女自身も認めるダイアン・アーバスの影響を感じさせながらも、被写体との親密さ、信頼関係をどこかに感じさせるシェルビンの眼は、かえって彼らのその身体のアンバランスを冷たく映し出している。
とても気になる写真家だ。
映画「デトロイト・メタル・シティ」を見てきた。
原作のマンガのテンションの高さと松山ケンイチ、加藤ローサといったキャストから結構期待をしていたのだが、正直がっかり。のだめのTVドラマについて行けないクチの自分にはいまいち乗り切れない。元々がギャグマンガなので、チープで過剰な演出は原作通りなのかもしれないが、「映画」としての「ウケ」を狙った方向の修正が全然「ナシ」だった。
以下ネタバレなので注意。
最近「こくばん.in」というブラウザ上で黒板にチョークと黒板消しで描いた絵を共有、リプレイできるサービスがあるのだが、これがよくできてる。マウスもしくはタブレットで6色のチョークと黒板消しを使って落書きから、もっと描き込んだものまでアイデアと腕次第で何でも描けるのだけれど、黒板消しの再現性というか、使い方が結構キモになっている。以下、最近話題になった「杏仁豆腐」をチェック。
出来るまではなかなかどうなるかわかりにくいかもしれないけれど、黒板消しの使い方が非常にうまく、フルーツのみずみずしさやシロップの光沢などがよく描けている。
これともうちょっと前に話題になった「タモリさん - こくばん.in」を見ていて思ったのは、このサイトのうまい人の描き方って、木炭デッサンや油彩を描いていく過程と通じるところがあるなあということ。他の画材(水彩だったり、鉛筆、岩絵の具、アクリル...)と木炭、油彩が大きく違うのは積み上げていく「プラスの作業」と同じくらいもしくはそれ以上に「マイナスの作業」が重要だったり、そのやりとりに耐えうる被覆力だったりするんだけれど、そう見ると結構通じるものはある。
最初から計算をして、色の透明感だったり混濁を嫌う、あるいはフラットを好む作家も絵描きも多いけれど、それよりもイメージやリアリティが出てくるまでいくらでも絵の具や木炭をこねくり回していたい人も多い。最近のコマーシャルなペインティングはあまりそういうのを好まないけれど。
PhotoshopやIllustratorのレイヤーで積み上げていく今のデジタルでプラスな絵作りと全く正反対のもっとアナログでプリミティブな「絵を描く」楽しさがこの「こくばん.in」と黒板消しにはつまっていると言ったらおおげさですよね。
これも気になる記事。
なぜiPhoneが(日本最大キャリアの)ドコモから発売されず、ソフトバンクからのみ発売されたのか、という点にも説明がつけられます。すなわち、iPhoneはドコモの検査に落第したから、という点です。
詳しくは上の記事を見ていただくとして、その辺りに詳しくもなく実際のことはわかりませんが、Apple + ソフトバンクの組み合わせを考えると...
周りからよく「iPhoneは買わないのか」と聞かれ、実際今でも少し迷うくらいではあるのですが、初めての携帯からずっとドコモユーザーの自分には思い切って乗り換えるまでは踏み切れないのです(もちろん2台持つのは経済的にも無理)。iPod touch で十分なのは負け惜しみでもなく、自分の行動範囲とか外ですることを考えると、iPhoneのアドバンテージはあまりまだ決定打にならないのです。
まあ、このニュースで変に安心してしまうのは持っている友人へのただの嫉妬からだと思いますが。
以下の記事が気になったので、ちょっと反応してみる。
彼は自分より大きな動物の肉を食べることに抵抗があり、雌牛の肉を食べることを「差し出がましく、雌牛に恥をかかす行為」としているため、食べることができないそうです。そんな彼ですが、ステーキを食べることによって自分の人生に新たな光が見いだせるのではないかと考え、ステーキを食べようと決意したようです。
僕が知り合った中にもベジタリアンは何人もいたけれど、もっと後天的というか、大人になってから思想やライフスタイルから自ら望んでそうなった人たちだった。そして、そのうちの一人はいつの間にか肉も普通に食べるようになり(そしてゲイに目覚めてしまった)、かえって優しい気質になった。
それにしても、記事中のジェイコブスさんが思い切って牛肉のステーキを食べようとしたのはとても彼の中で大きな乗り越えだったのだろうと思う。残念ながら彼はやはりベジタリアンに戻るのだが。

