原美術館で本日までの『ジム ランビー:アンノウン プレジャーズ』を見てきた。(全然関係ないが「ジム・ランビー」ではなく、「ジム ランビー(スペースありなし両方)」という表記のようです。)
ビニールテープによるストライブ曲線のパターンは「オプアート」の流れと言うよりはリキテンスタインのスクリーントーンのようなポップな印象を強く受けた。
床一面に規則正しくテーピングを施すことで生まれる幾何学的パターンによって空間を大胆に変容させ、
とのことだが、原美術館の展示空間は決して広くないのと建物自体がアーチのようになっているので、ランビーの曲線の効果がキューブでの場合より弱いのかもしれないと考えたり。今までの他の展覧会をいくつか思い出してみても、室内空間(のイメージ)へ働きかける作品は原美術館では難しいのかもしれない。展示室を回りながら特徴的な建物自体を巡り、連続して作品を見ていく中でテーマや作家とは別の常設作品が間に挟まれることも起因しているかもしれない。
ジムランビー:アンノウンプレジャーズ
2008年12月13日 - 2009年5月10日
原美術館






記憶に残るウェブサイト [ トップクリエイター10組へのインタビュー集] 
建物自体もちょっと変わっている。話によると某有名建築の設計者の手によるらしいが、ちょっと調べたところソースは見つからなかった。

プティ・プワソンで行われている絵画教室の生徒の作品発表会のお知らせです。
“Rachel Whiteread: Transient Spaces”






期間中には関連して他にも様々なイベントがあります。東洋紡織工場(桐生市東7-3-62)では「東洋紡織メディアサイト」として10名の作家による映像作品上映(10/8〜11/5)や、10月7日(土)には本橋成一監督『ナミイと唄えば』上映+本橋成一講演会も開催されます。


インヴェーダーソケット&サービス インスタレーション
夏の日~summer day project~
中村友香展 「日向水 - hinatamizu」
右は雑誌「STUDIO VOICE(発行INFAS)1995年4月号で特集は『フルクサス発 -インターメディア・アートの出発点から』。室井尚のテキストから中村さんによるザ・ギンブラート&新宿少年アートのレポートまで内容はとても充実している。95年といえば、日本のインターネットはまだ黎明期。
フルクサスとは何か? -日常とアートを結びつけた人々


こどもと一緒にワークショップをやっていて、一番嬉しい瞬間は「それまでの敬語が急にタメ口になった時」かな、と思ったりしました。

イタリアのピエモンテ州(
つぎ
理想ということ。
月に一回のプティ・プワソンのワークショップ。ちなみに前回はこっち
もうずっと絵描いたり、ものつくったり、ワークショップやったり、たまには人に教えたりしてるので、「そういうこと」は自分には当たり前なのだけれど、やっぱりみんな「絵を描く」「ものをつくる」ということは敷居が高く感じているらしい。そんなことはないのだけれどね。大人だけでなく、子供でも描くこと(うまく描けないんじゃないかということ)を怖がる子がやっぱりいる。そういう子にクレヨンを渡すのは難しい。
プティ・プワソンで東京西にある新しい病院での新しいワークショップが始った。タイトルは「みんなのすむところ」。夏の夢の島のときと同じタイトルだが、中身は全然違う。あえて同じタイトルになったのは、これからのプティ・プワソンのワークショップに何かしらの方向付けのヒントになればいいかな、と思って提案したから。








15分毎の光線、その軌跡をトレース。











未だ荒れたままで放ってある土地上に、四角いフラットなスペースを作り出す。そのビジュアル的な効果。
なぜボーリングを選んだか
銀座のギャラリーで展示中の野依君の初個展へ。
この二人の映像、一見静止画だと思っていると、まばたきをし、それぞれの呼吸のわずかな震えのように触れそうで触れない距離をずっと保っている。何が始まるわけでもない、そのもどかしい感覚がかえってリアリティを感じてとても印象に残っている。
張られた水の上に上から吊られたスピーカー。そして流れる音とのサウンド
今回の各国のパビリオンの中で建物へ一番「絡み」というか「責め」ていたのはこのオーストリア館。もともとがどうだったか覚えてないが、建物全体を包み込んで新しい外観に変えてしまっている。強引なくらいの構造を組まれた内部は自由に歩いたり、上ったりできるようになっていて、上方へ行くと隠されたパビリオンのもともとの屋根が見えたり、自分で窓を開けて、外を眺めたりできるようになっている。アーティストはHans Schabus。やっぱり会場や建物と積極的に関係を持っているものは面白いなと再確認。ただ中はとても蒸し暑い...
タイトルは"
ベルギービール好きには並べられただけのDuvel瓶の不安定な床の上を歩くのがとても気持ちいい。
「洗練」とは全然対極のフレッシュな「勢い」を各作家にも館全体にも感じたのが今回の韓国館。しかしそれぞれはバラバラのようでいてお互いの作品や建物自体と密に関係性を築いている。複数のアーティストによるパビリオン自体の一体感、完成度では一番だったように思う。コミッショナーはキム・スンジュン。パチンコ玉の箱のようなプラスティック製のメッシュの赤い箱での館を増築したかのようなインスタレーション、一旦外に出ての膨らんだり萎んだリを繰り返す「ドラゴンフラワー」、室内のグラフティのような壁に直描きのドローイングなど。
なんとも不気味な「ひとがた」を並べてのインスタレーションはBalays kicsinyでタイトルは"An Experiment in Navigation"。シュールで異様なフィギュアが並ぶ空間がなんとも静かに感じられる。そのせいか中庭の四角く切り取られた青空の「ぬけ」がなんとも開放感があって気持ちいい。
というわけで、もう説明のいらないジェニー・ホルツァー。彼女の作品はそれこそあちこちでよく見てきているけれど、初めてきれいだと思った。
南ア出身のキャンディス・ブライツは好きな作家の一人。日本でも2002年の「
今回のペインティングの中で一番良かったのはフランスの彼の作品。ブラシストロークと、「混ざる」「重なる」「触れる」といった絵の具の性質をうまく使い、光を感じるオーソドックスな平面な作品。こういう場で期待しがちな「真新しさ」は全くないといっていいけれど、久しぶりに「絵」としてきれいな作品を見た気がした。会場の白い空間にとてもマッチしていた。
そんな流れに少し辟易している中、このシンプルな作品はとても印象的。白い砂を金属の櫛がゆっくりと回転しながらレコードのような溝を刻み続けていく。Zen Gardenのような静けさとマスマティカルな造形の美しさ。
嫌悪感を抱く人も多そうだが、自分的にはかなりハマったBlue Nosesのビデオ作品。はっきり言ってどれもふざけすぎなのだけれど、ステレオタイプなフェミニズムの作品に対しての強烈なアンチになっていて、そのシニカルさは痛快なほど。短いループの映像に早回しの高いキャッキャッという音声。
パンツを履いたままのSEXの真似事... 最初裸の女性が逃げてきて、何かと思うと次に今度裸の男性が追いかけてるかと思えばやっぱり何かから逃げていて、最後出てくるのは海で使うようなビニール製の空気で膨らますワニ... ピンに見立てた女性3人を自分が転がって倒すボーリング...
会場を入ってすぐ、Guerrilla Girlsの寒ーいポスター群に迎えられて今回のビエンナーレがとても不安になるが、その部屋の中央にあるこの巨大な
インドの作家。ステンレスの冷たい光沢がなんとも美しいインスタレーション。いくつものキャビネットに収められた鍋、パン、キッチンツール。女性の作品かと思ったらどうやら男性らしい。料理、キッチンというモチーフだけに、美しさの裏の強迫観念的なものが際立っている。
ベルリンを後にして今度はイタリアはヴェネツィアへ。もちろん目的は2年に一回の現代美術の国際展「
そんな中でもわりとおいしかったのは、スパゲッティ・ボンゴレ。日本では白いものが多いけどイタリアにはトマト入りの赤いものも多い。こっちの店はぴったりの茹で加減だ。アドリア海に臨み、運河が走るヴェネツィアだからかやはりシーフードは安心出来る。観光名所のリアルト橋の近くに魚市場もあるので行ってみると面白い。
そして、シーフードのフライの盛り合わせ。イカにタコに貝に海老も大小、さらには手の長いのが殻付きで揚がっている。これにレモンをたっぷりと搾る!これにはワインもいいけどやっぱりビールが欲しくなる。
この写真、僕が水平をとれていないわけではない。Jewish Museumをずーっと見てきた最後の方にある"Garden of Exile"という中庭。


ダニエル・リベスキンドによる斬新な建築の新館が目を引く"




ベルリン中の美術館、ギャラリー間を横断する面白い企画"
ベルリンの観光名所のブランデンブルク門のすぐ横に出来た"

自分の作品の制作途中。



サラエボのアーティストグループ"Barake"のメンバーを中心に展示されている、その名も"Barake"というスペース。ここは昨年のプロジェクトにより活用されるようになった場所。ここでもオープニングにふさわしいイベントが行なわれた。
Re_Cultivation オープニング巡回ツアー、Empty Houseでは流しそうめんパーティ!準備でいっぱいいっぱいになりながらも始まってみれば大盛況。ドイツ人もボスニア人もオランダ人も「流れるヌードルを掬って食べる」という前代未聞の体験を大変楽しんでくれた。暗い家の中での写真なのでいまいち熱気が伝わリにくいのが残念。




昨年10月に開館したばかりの

来週金曜日の「
13日の金曜日に行われた「
アン・サン・スー氏は噂ではとても多忙でずっと活躍してきているデザイナーと聞いていたので、ちょっと怖い人かと思っていたけれど全然そんなことはなく、すごい気さくで優しく、ポジティブでこっちの言うことをどんどん膨らませてくれる人でした。氏のブログにも載ってしまった。日本人に見えない...

世界各地から集められた様々なアノニマスな人工物。会場の小石川分館に収蔵されている学術標本(その多くはキャプションによる説明をされていない)と同空間に集められるその多くは、WEBサイトでの呼びかけによって20カ国異郷の国々から届けられた。さらに展示ではセルジオの現代的なアクリルによる作品も加わってきて、その様相はきっとカオティックなものになるのだろう(予想)。


おかげさまで"ART-PATH'04"も無事終了。現場までは崖を降りないといけないこともあり、三日で15人程度しか来ていただけませんでしたが(...やはり...)、どうもありがとうございました。橋の上からは結構多くの人に見てもらっていたように思います。その方がいいかも...内容的には基本的には「

120個のレンガ。
今日の異様な暖かさはなんなのでしょう。













千葉駅からバスで30~40分揺られると辺りはのんびりとした光景に。川村記念美術館を過ぎ、炭焼き小屋を眺めながら5分歩くと「弥富ン宿」へ着いた。古い民家を中の物はそのままにアトリエ・ワンと学生達が新しい宿泊施設として生まれ変わらせた「弥富ン宿」。と言っても、古民家の佇まいはそのままで、雨漏りもする(笑)塚本さんの話では「それも自然なこと」と。怪我の功名か、漏った雨を受けるための皿、ふたと、従軍当時の水筒(掃除で出てきたもの)に活けられた花がなんとも意外に"らしい"佇まいなのが微笑ましい。
ものがものなので、どれだけその形に興味を持てるかで展示自体の面白さもだいぶ変わって来るように思う。変に作為を持ってセッティングされたもの(網を重ねてアイスクリーム棒を挟んだりしたもの)より、無造作に置かれ、吊られたものの方が展覧会の意図も形態の面白さもわかりやすい=伝わりやすい。スイス製のゴム製ブロアーなど、明らかにアノニマスでないデザインの混入は展示を弱くしている。




























