映画「デトロイト・メタル・シティ」を見てきた。
原作のマンガのテンションの高さと松山ケンイチ、加藤ローサといったキャストから結構期待をしていたのだが、正直がっかり。のだめのTVドラマについて行けないクチの自分にはいまいち乗り切れない。元々がギャグマンガなので、チープで過剰な演出は原作通りなのかもしれないが、「映画」としての「ウケ」を狙った方向の修正が全然「ナシ」だった。
以下ネタバレなので注意。
映画「デトロイト・メタル・シティ」を見てきた。
原作のマンガのテンションの高さと松山ケンイチ、加藤ローサといったキャストから結構期待をしていたのだが、正直がっかり。のだめのTVドラマについて行けないクチの自分にはいまいち乗り切れない。元々がギャグマンガなので、チープで過剰な演出は原作通りなのかもしれないが、「映画」としての「ウケ」を狙った方向の修正が全然「ナシ」だった。
以下ネタバレなので注意。
攻殻機動隊もイノセンスも見たことありませんが、スカイ・クロラを見てきました。
どこの番組だったか忘れたが、たまたまTVで押井守のインタビューをやっていたので、それを横目で見つつ見に行った。
インタビューで押井監督が
映画、物語というのは、自分とは違う誰かの話であって、自分でない誰かの話だからこそ、感情移入できたりする
というようなことを言っていたのを思い出す。
カンナミ・ユウイチの生きた時間。クサナギ・スイトの生きる時間。
それは物語の外部である自分たちにはフィクションであるけれど、彼らの生きている時間は誰のリアルで誰のフィクションなのだろうか。
決して乗り越えられない存在。リアリティのために必要なショーとしての戦争。
監督自身が結構あちこちでしゃべりすぎていたり、公式サイトに「トリビア」として大事なところのヒントを公開してしまっているのがどうなんだろう... と思うけれど、結構楽しめた。そして結局広報の戦略にはめられて、もう一度でティールまで見直してみたくなっていたり。

ブログを何となく書かないままでいると、書こうと思っていたこともどんどんタイミングを失ってしまって、書きたかったことまでなんとなく忘れてしまう。そんな中に映画『スケッチ・オブ・フランク・ゲーリー』についてのこともあったんだけれど、アンコール上映(8/24日まで!)されているらしいので、せっかくだからちょこっと書いてみる。
フランク・ゲーリー(フランク O.ゲイリー)という建築家の作品については上記の公式サイトでも映画中でも代表作のビルバオ・グッゲンハイム美術館が大きくフィーチュアされているので、見るのが一番早い。言葉で説明すると、かえって難しい(図面が一番難しい)。
栄光ナル国家カザフスタンのためのアメリカ文化学習
『ボラット』を見てきた。
映画秘宝のポッドキャスト「町山智浩のアメリカ映画特電」の第7回昨年11月26日配信分で町山さんの話を聴いてからずっと興味を持っていた“BORAT”。その内容から日本での公開は無いものかとあきらめていたのが、いつのまにか普通に無事に?公開されていました。
知らない人のために断わりますが、本当に冗談のわからない人や下品なのがダメな人は映画も上のリンク先も見ない方がいいです。またポッドキャストではかなり内容を話してしまっていますので、そこもご注意。
さて映画はとても面白かったのですが、内容の細かいところは事実関係もあまり詳しくないのでパンフレットと町山さんのポッドキャストに任せますが、この映画を笑えるかどうか、笑っちゃいけないと思うかどうか、それでも笑ってしまうかどうか、この笑いの裏にアメリカ社会の問題への告発を見るかどうか、いろいろあると思いますが、それら全てへの「踏み絵」として大変怖い映画だなと思いました。
よく「ハンガリーのアーティストって誰がいるの?」と聞かれるのですが、正直有名どころだとヴィクトル・ヴァザルリ Victor Vasarelyくらいしか思いつきません。
オプ・アート(オプティカル・アート)を牽引したヴァザルリでさえ、美術史やアートに詳しくなければあまりピンと来ないと思いますが、作品は中学や高校の美術の教科書にもよく載っているので何となく覚えている人もいるかも知れません。他の作品はGoogleのイメージ検索の結果をとりあえず。
現代美術の作家なら多少は知ってはいるものの、もう少し誰かいないかなとWikipediaを探してみると「ハンガリー人の一覧 - Wikipedia」というページがありました。でも残念ながらそこにも日本で有名なアーティストをあまり見つけられないので、写真家、映画監督まで含めて少し抜き出してみたいと思います。

一番有名なのはロバート・キャパでしょうか。実はハンガリーはチェコと並んで多くの優れた写真家を生み出してきているのですが、ほとんどがハンガリーを出てしまっているので、ハンガリーと結びつけてイメージするのが難しいのだと思います。「ブラッサイ」は私の好きな写真家の一人で、彼の撮るパリの夜のイメージというのは同じく好きな画家のロートレックと通じるものがあります。

不条理な15年(10年)の「監禁」のあいだ、食事は毎日中華料理店の出前で餃子と中華そば(もやしそば他)を与えられる。その間毎日食べつづけた餃子の味と、15年でただ一度奇跡的に紛れ込んだ紙片に読んだ店の名を頼りに、その店を、自分が監禁された場所を突き止めようとする。
10年間食い続けた“中華”の味を忘れるものか
ねえ 餃子じゃなきゃダメなの?
そんなこともないが餃子ほど店によって味に特徴のある中華料理はない気がする
仕込みがいっしょならば誰が焼いても同じ味だろう(原作)
原作者の土屋ガロンは「中華料理なら毎日食べても栄養のバランスは比較的とれるだろう」ということで、中華、それも餃子をキーに据える。ちなみにマンガ中では焼き餃子、映画では揚げ餃子を食べている。

パク・チャヌク監督の代表作にして復讐三部作の一つ「オールド・ボーイ」、その圧倒的な後味の悪さとやるせなさ、そして作品としての魅力について原作である日本のマンガ「オールドボーイ(土屋ガロン&嶺岸信明)」と対照させながら考えてみる。(以下、引用において無印は映画、“原作”はマンガ)
ちなみに初見は公開から大分遅れて昨年末。原作を先に読んだ。カンヌでタランティーノが云々、虎ノ門で井筒監督が云々というのを横目で見つつ、なんとなくタイミングが合わずにいたが、ここのところマンガ、映画ともに何度か見返していた。
ジム・ジャームッシュの初期3作品が再発されました。完全初回限定生産のDVD BOXと併せて、それぞれ単体でも出ましたので、今までの異常な値上がりに涙を飲んでいた人、中古を探し回っていた皆様、もう旅は終わり、お疲れさまでした。作品は以下の3つ。
バラで買うよりもDVD BOXセットをAMAZONで買う方がずっと割安で、今なら¥12,075 → ¥ 9,660 になっています。
BOX特典はそれぞれのポスター、パンフレット、チラシの縮小版がつく他、全てピクチャーレーベルとなってます。これもそれぞれオリジナルで集めるのはなかなか大変な話しで、ファンには嬉しい特典です。(最初チラシがどこに入ってるか分かりませんでしたが、パンフレットの1ページ目に挟み込んでありました)
ヴェンダース作品なども最近再発され、手に入りにくかった過去の作品も今のところお店に並んでいます。ミニシアター系(という言い方は好きでないのですが)の作品の権利を持っている会社はちゃんと作品を流通させて欲しいと思います。こういった作品が見たくても見れない状況、一部のマニアだけが持っているというのはばかばかしい。会社にとってみればあまり採算が期待できないものかも知れないけれど、これくらいの特典で喜んで買う人もたくさんいるのでよろしくお願いします。ヴィクトル・エリセとか。
先日川口にオープンしたばかりの「メディアセブン」でのイベント『活弁士が魅せる!3大コメディ映画会』にて、若手活弁士の坂本頼光さんの
を見たのですが、これがかなり面白かったのです。ちなみに活弁初体験でした。
映画には音が付いている。
そんな当たり前のことが当たり前でなかった時代。
日本にはこんなエンターテイメントがありました。
まず会場に見えての第一声の通りからして全然違うわけですが、その後映画が始るともう頼光さんの独壇場。といってもその語りが映画自体の魅力を損なうわけではもちろんなくて、どの人物も「坂本頼光」そのものなんだけど同時にそれはチャップリンであり、看守であり髭の紳士でもあるのです。その活弁というスキルに引き込まれてのあっという間の2時間でした。エンターテインメントとしての歴史の長さがなせる完成度にも唸らせられました。
坂本頼光さんによる「豪勇ロイド」は7月29日に新宿ゴールデン街でも見ることが出来ます。
詳しくは Yahoo!ブログ - 活弁士の分家 のお知らせを御覧ください。

ちょっとフルクサスの話を一休みして、ついに昨日発売になったゴダールの『アワーミュージック』のDVDについて。ここでも何度もとりあげたし、今月の“Flavor of the month”でずっとサイドバーに出してますが、その初回版がなかなか嬉しい出来になってるのでご紹介。Amazonで予約したら発売当日の昨日のうちにちゃんと届きました。
ブックレットの執筆者の一人でもあるイルコモンズこと小田マサノリさんのブログでも触れられてますが、
とにかく嬉しいのは上映された生フィルムが入ってること!ちなみに僕のはモスタルの川辺でデジカメのモニターを見ているオルガのシーン。嬉しいです、これ。
他にもシリアルナンバー入り(ちなみに2563/3000でした)の144Pブックレットがついて、DVDパッケージの内側はゴダールが育てていた花が溢れるピクチャー仕様。
いつまで初回版が出回るのかわかりませんが、Amazonでは今20%OFFなので、迷っている人は間違いなく今のうちにゲトることをおすすめします。
なぜサラエボか?
なぜサラエボか?
パレスチナのせい、テルアビブのせい。和解が可能な場所を見たかった。アワーミュージック 王国2 煉獄
イスラエル人女性ジャーナリストのジュディット・レルネルはサラエボのフランス大使館で大使を前に自分に問いかけ、そう答える。
レルネル「私たちの集会に来てください。大使としてでなく、自由な人間として。昔と同じように。正しい会話でなく、単なる会話です。」
1943年ナチス・ドイツの占領下にあったリヨンで学生だった大使は、「ホテル・テルミニュス」で、ナチスに迫害されるユダヤ人の若いカップルを匿った。レルネルの祖父と祖母。
昨年日比谷シャンテ・シネ、名古屋シネマテーク他で公開されたゴダールの「アワーミュージック」が渋谷のイメージフォーラムで4/21までアンコール上映されている。
サラエボで撮影されたこともあり、昨年のカノーヴァンでのイベントの前に日比谷で見たのだが、それからずっと気になっていることがある。
「ゴダールはこの作品をなぜサラエボで撮らなければならなかったのか?」
自分の見てきた、そこにいたサラエボと、映画パンフレットに採録されたシナリオを頼りに少し考えてみようと思う(このエントリ中の引用はシナリオ及びインタビューでのゴダールの回答から)。
「名古屋で書いた映画評150本」
石飛 徳樹 (著)
朝日新聞記者の著者が名古屋本社発行版に掲載してきた1999~2005までの映画評。
もちろんこの間に公開されてきた映画全てをカバーしてるわけではないけれど、ここに採り上げられているタイトルを見るだけでもちょっとワクワクしてくる。
菊次郎の夏、アドレナリン・ドライブ(!)、アイズ・ワイド・シャット、ゴースト・ドッグ、ナビィの恋(!)、バトル・ロワイアル、キル・ビル... もちろんスター・ウォーズシリーズやウォーター・ボーイズなども。
始めの方に本人が「新聞の映画評には何を書いたらいいのか」と書いている通り、万人が読む新聞での批評というのは難しいのだろう。読者こそ多いが、今となっては実際どこまで影響があるのかわからない。その中でこれだけの映画評を、限られた字数で過不足なく書いてきたことに感嘆する。
一人で暮らすようになってから、新聞をとらなくなってしまったけれど、夕刊と日曜版だけはとってもいいかなという気がしてきた。ないか、そんなばら売り。
積ん見リスト筆頭、ジャン・リュック・ゴダールの「アワーミュージック」をシャンテ・シネにて見てきました。館内に暖房が効いてなくて、上演前に買ったアイスウーロン茶の氷が、映画終了後も全部そのまま残っていたのにはびっくりです。本当に凍えました。尚、東京での「アワーミュージック」公開は今週18日までなので、まだの人はお早めにどうぞ。感想については後ほど。
「アワーミュージック」の撮影はサラエボにて行われています。特にサラエボについての内容というわけではないのですが、僕のサラエボでの体験・情報リストを挙げておきます。
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「サラエボ」と「サラエヴォ」
英語では"Sarajevo"と書くので、「~ヴォ」と書く方がきっと正しいです。実際僕も前までずっと「~ヴォ」と書いていましたが、カタカナにするとどうも読みにくいというか、変に強く攻撃的な感じ(?)がしてしまう気がするので最近は「サラエボ」と書いています。
やっぱりベルリンでも映画を見たいと思い、こちらでも公開されたばかりのヴィム・ヴェンダースの"DON'T COME KNOCKING"をPotsdamer PlatzのCINEMAXで。
「ベルリン・天使の詩」でブルーノ・ガンツが降りてきた広場の面影はもうすっかりない、観光スポットのポツダム広場で土曜の夜だというのに22:30~という最終上映回のせいか、人は全然いない。上映ぎりぎりにチケットを買ったにも関わらず、YUKIと正面中央の一番いい席で見る。
ヴェンダースが英語で作品を撮るようになってからドイツで人気がなくなった、という話しを思い出しながら本編をまっているとなんとドイツ語吹き替え!サム・シェパードもジェシカ・ラングもティム・ロスもドイツ語を喋っている...もちろん自分はドイツ語さっぱり。なのであまり映画の内容について感想らしいことも言えないのだが、少なくとも「10ミニッツ・オールダー」の時よりは全然良い。言葉がほとんどわからない分、カメラワーク、表情に集中して見れたのは良かったのだけど、どうしても最後の長台詞だけは何を話しているのか知りたい。
これもまたちゃんと見直さないといけない。

ЗОО BPT БЕОГРАД。動物園。何故ベオグラードまで来て短い滞在時間を動物園で使う?大体動物園というのはどこでも世界中の動物を集めているので、それが上野であっても多摩であってもベルリンであってもベルリンであってもたいして違わない。では何故?
ここはエミール・クストリッツァの「アンダーグラウンド」に出てくる動物園だからだ。それならどうしても見なくてはいけない。まあ実際は時代設定も違うし自分のいい加減な記憶では覚えてるような、覚えてないような、というのが正直なところなんだけど。帰国したらもう一度DVDで確認したい。
とにかく動物園は楽しかった。和んだ。日本の動物園では犬はあまり見ないが、こっちでは何種類か見られた。狼の寝ている姿なんて犬と全く変わらない。

観光客が一番多くなるのが「サラエボ・フィルム・フェスティバル」の開催期間前後だ。いつもはグレーで暗い街もなんだか華やかに浮き足立ってくる。出品作品はボスニアはもちろん近隣のセルビア・モンテネグロ、スロべニア、ハンガリー、チェコ、トルコなどと日本の監督も数人とジム・ジャームッシュ作品や「カンフー・ハッスル」なんかもある。
エミール・クストリッツァ監督の「Life is a miracle ライフ イズ ミラクル」を見てきた。
圧倒的な力量と熱量で見せる「アンダーグラウンド」よりもだいぶ軽妙になってきているのは「黒猫・白猫」もそうだったが、そんな中にも旧ユーゴの紛争をディープかつ重くなりすぎずにちゃんとエンターテインメントに消化できているいい映画だった。
ボスニア紛争を扱ったものにはいい映画が多いのだけれど、監督がユーゴ出身か、その他かで大きく変わってくると思う。僕は一通り見てきたが、ウィンターボトムの「ウェルカム・トゥ・サラエボ」にはちょっとあざとい不快感を感じた。
ボスニアの人たちはタフだ。日本では考えられない最悪の状況の中で、決してユーモアを忘れない。というか、ユーモアを最後の砦にしないとやって来れなかったというのもあるかも知れない。
「サラエボには、ムスリムもセルビア人もクロアチア人もない、サラエボ人がいるだけだ。」と言う人もいる。クストリッツァの映画では、「ボスニアには、ムスリムもセルビア人もクロアチア人もない、ボスニア人がいるだけだ。」本当のボスニアもそうなるといいと思う。
さて、今からまたサラエボに行ってきます。2年前のみんなは変わっただろうか、楽しみだ。
ずっと進めていたプロジェクト「MPXMP -movie project by mobile phone」が、韓国の中央日報さんに載りました。MPXMPについては何もお知らせしてきませんでしたが、今回の日韓交流展を機に進めてきたものです。日本帰国後、公開への準備が整いましたら、ちゃんと報告します。携帯電話のムービー撮影機能を、webを介し、コミュニケーションツールとして、新しい映像表現の文法として利用できないかというものです。今後もバージョンアップしながら続いていく予定です。KTFさんにはお世話になりました。どうもありがとうございました。
韓国入ったら毎日日記アップしようと思ってたけど、全然でした。左のユンシルちゃんこの写真だと羽田美智子にちょっと似てる。この写真で誰が韓国人で誰が日本人かわかりますか?
「誰も知らない Nobody Knows」
監督・脚本・編集 是枝裕和
主演 柳楽優弥
主演の柳楽優弥のカンヌでの最優秀男優賞受賞のニュースはもちろん知っていた。有楽町の大きなポスターがいつも気になっていた。
「誰も知らない」を見た。有楽町シネカノンでの上映がもう終わることを聞いたから。日本の映画を映画館で見るのはどれくらいぶりだろうか。「ナビィの恋」以来か、「千と千尋の神隠し」があったか。
優弥くんの目の力の強さは、評判で聞く通りで、聞いていた以上だった。だけど、明(優弥)以外のこどもたちがみんな強い目の力を持っていたように思う。長女の京子役の愛ちゃんの、お兄ちゃんのつらい立場を理解しながらもお母さんを渇望し、憧れるなかでの葛藤の様子もとても心に残っている。静かだけど、とても強い目だった。
終演後の是枝監督のティーチ・インで、場内から監督に「なんで監督はそんなに相手の目を直視できるのですか?」という質問があった。監督は「子供の頃、大人にそう言われなかった?僕はよく、相手の目を見すぎる、と言われる...」なんて答えていたけれど、僕が「誰も知らない」のあのアパートに住んでいたら、彼らの目をちゃんと見ることができただろうか?ぼくは彼らに気付いただろうか?
10ミニッツ・オールダー...trumpet/cello
劇場で公開していたときに「人生のメビウス」については一度書いたけれど(→こっち)、当時見てなかった「イデアの森」を、DVDで見たのでそれについて。(両作品についている副題は日本側で勝手に付けたもので、評判が良くなかったためか、DVDでは目立たなくなっている。)
10ミニッツ・オールダー イデアの森 The Cello
監督:ベルナルド・ベルトリッチ、マイク・フィギス、イジー・メンツェル、イシュトヴァン・サボー、クレール・ドゥニ、フォルカー・シュレンドルフ、マイケル・ラドフォード、ジャン=リュック・ゴダール
正直、こっちを全部見るまでに2度途中で寝た。映画を見ていて寝ることはあまりない自分がだ。だが、3度目の正直、最後まで見て報われたのは、ラストのゴダールを含む3篇。この辺りからやっと面白くなってきた。そしてゴダールの本気の10分を見たら、なんだか前半の退屈な監督達も許せる気がしてきた。
FAHRENHEIT 9/11 華氏911 監督:マイケル・ムーア
水曜日に、混んでそうな恵比寿ガーデンを避けて、テアトル銀座にて見たのだけれど、「Bowling for Colunbine」以上に高揚させられる内容&編集と、同じ上映回を見た人同士のある種の共通体験の"熱"で、感想を書くのを保留にしておいた。
「華氏911」は、"The BIG ONE"、「アホでマヌケなアメリカ白人」、"Bowling for Columbine"、「おい、ブッシュ、世界を返せ!」と、それぞれの扱うレベルこそ違うけれどマイケル・ムーアの今までの一つの集成となっている。そして、今回暴いてくのは911後のアメリカ、そしてアメリカ国民を、世界を欺いてきたブッシュその人である。マイケル・ムーア曰く「もう騙されない、Shame On You!」ために。
前作も今作もメディアでも、一般映画視聴者でももちろん、当の政治関係者(小泉含む)でもいろいろ意見がかなりの熱もしくは静観・無視をもって交わされてきたわけだけれど、一つ確認しておかないといけないのは「マイケル・ムーアはジャーナリストではない。映画監督だ。」ということ。政治的に偏っている、事実を歪曲している、そんな批評はそもそもずれている。
華氏911 Fahrenheit 9/11 / マイケル・ムーア監督
テアトル銀座にて見ました。ちょっと内容にしても自分の感想にしても、ここに書くには難しいので(個人的になり過ぎそうなので。今までも個人的な内容多いですが...)自分のブログの方に少し熱が冷めたら書きます。ちょっと時間を置いてみます。明日か明後日かもう少し後か。
書きました → Stolen Moments: 華氏911の熱
< この記事は以前"Web of Activities"に書いたものです。 >
オテサーネク
チェコの映画監督ヤン・シュヴァンクマイエルの作品(2000年)。チェコの民話をモチーフに、彼独特のブラックユーモアと、滑稽さを現代の寓話として描く。
シュヴァンクマイエルの作品を見るのは久しぶりだけど、あらためてその独特のセンスにやられる。
THE BIG ONE ザ・ビッグ・ワン
1997年 英米合作
監督・脚本 マイケル・ムーア
自著「Downsize This!」のキャンペーンツアーで全米47都市を回るなか、どこかがおかしくなっているアメリカの大企業、大規模なレイオフについてCEOにインタビューを求めて、アポなしで突撃する模様をおさめたドキュメンタリー。去年大きな話題になった「ボウリング・フォー・コロンバイン Bowling for Columbine」に通じる社会の病にシリアスに迫りながら、決してユーモアを忘れないのが彼の姿勢。だからこそ映画にも、言動にも訴求力が大きいわけだ。もちろん、彼の主張は必ずしも正しいものではないだろうし、個人的な見解も否定できない。
講演会でのこんなやりとりも。
利益を上げたいだけならなぜGMは麻薬を売らない?麻薬を売れば莫大な利益になる。重さ900キロの麻薬でGMの収益は1000ドル。900キロの麻薬を売れば100万ドルだ。なぜ売らないんだ?
ここで会場の声に一本とられる
「CIAが独占している!」
でも彼もしっかりあとを続ける。
正直麻薬事業はGMに任せたいね。なぜって彼らなら失敗して5年でこの世から麻薬を撲滅してくれる。大コケするに決まってる。
この映画が、「Bowling for Columbine」と違うのは、ラストのナイキCEOとのやりとりがどうも要領を得たシメにならないところのもどかしさ。その辺がリアルでこの映画の魅力にもなっている。
Yahoo!ニュース - エンターテインメント - 共同通信
華氏911、世界で上映へ ディズニーが権利売却
華氏911はミラマックス社が出資し製作した記録映画。米中枢同時テロやイラク戦争へのブッシュ政権の対応を痛烈に批判し、22日にはカンヌ国際映画祭の最高賞パルムドールを獲得した。
だがディズニーは、政治的影響を懸念してミラマックスに配給拒否を指示、完成しても配給元が決まらない事態となっていた。
監督のマイケル・ムーア、そして去年かなり話題になった「ボーリング・フォー・コロンバイン Bowling for Columbine」は、このプロジェクトが始まった際の大きな話題のひとつでした。「アホでマヌケなアメリカ白人」ではまだ笑ってられたブッシュを巡る状況ももう笑えない状況になってきています。
「華氏911」楽しみですが、日本での公開までまだかかると思うのでその間、もう一度マイケル・ムーアをとりあげてみます。
< この記事は以前"Web of Activities"に書いたものです。 >
「KILL BILL vol.2 キルビル vol.2」だ。
2と1とは自分の中では静と動。アクション要素などで言えば、2だって「静」では全くないのだけれど、「こんな映画は見たことない!」という感じは vol.1 の方が強い。もちろん周知のように当初は一本の作品として考えられていたものだし、どっちも、ヤクザ映画、日本のアニメ、マカロニウェスタン、カンフー...その他もろもろの既存の(タランティーノの好きな)映画を臆面もなく詰め込んだものだ。だけど、その集合体としてのそれぞれ一本の映画としてのテンションには差が感じられるんだな。
内容については書かないけど、前半は正直退屈だった。構成が既視感を超えていなかった。だけど、後半には vol.1とは全然違う意味でやられるところがあった。かわいすぎて反則の「あの子」の登場と、「子連れ狼」のビデオを見るシーンでのシーン。音楽を担当している、RZA(WU-TANG CLAN)が過去にプロデュースしたGZA「Liquid Swords」のオープニングと全く同じだったからだ。
「KILL BILL」にはそのような仕掛けがこれでもかと詰め込まれている。だから、結局それにどれだけ気付けるか、どれだけ素直に受け入れて楽しめるか、と言うことなんだろうな。それは「現代美術」なるものを受け入れる姿勢に似ている。難しいものを難しいように受け取らなくたっていいのだから。
トーク・トゥ・ハー talk to her
"彼女の動かぬ肉体のなんと表現豊かで感動的なことか!"ペドロ・アルモドバル監督がアリシア役のレオノール・ワトリングを評したこの一言が全てである。ベニグノ、マルコと同様、眠るアリシアに魅了されてしまった。
ピナ・バウシュ、カエターノ・ヴェローゾの入ってくる場面も「目配せ」や「とってつけた」ようなところ、「おんぶにだっこ」はまるで感じられなかった。ピナのステージも、カエターノの歌も、それも含めたアルモドバルのこの作品も自分の琴線に触れてきた。
GOOD BYE LENIN! グッバイ、レーニン!
恵比寿ガーデンシネマで。去年からずっと気になっていたが忘れてて、もう上映スタートからしばらく経ったけどやっと見て来た。
結論。
それなりに面白いけど、この監督(ウォルフガング・ベッカー)の映画は見たいとは思わないなー。
映画のシナリオ、設定は面白いけど作りは安っぽい。と思ってたら、この監督どうやらTV出身らしい。納得。このシナリオ他の監督が撮ったらもっと面白くなるのに。
劇中、西側から情報が入ってきてすぐ、友人が「2001年宇宙の旅」の有名なシーンをパロディとして使ってる場面のすぐあと、この映画自体も「時計じかけのオレンジ」をパロディするわけだけど、そこが「だから?」という出来。
ララ役のチュルパン・ハマートヴァ(Chulpan Khamatova)はとてもかわいい。彼女でもってる。
☆2つ。
ペドロ・アルモドヴァル「トーク・トゥ・ハー talk to her」、DVD出たので見たんだけど、かなりやられた。劇場公開のときも気になってて、見ようと思いながらタイミング合わないうちに終わってしまって後悔していた。
あとでちゃんと書くと思うけど、忘れないうちに。
10ミニッツ・オールダー 人生のメビウス
2002年
制作:ドイツ・イギリス
監督:アキ・カウリスマキ、ヴィクトル・エリセ、ヴェルナー・ヘルツォーク、ジム・ジャームッシュ、ヴィム・ヴェンダース、スパイク・リー、チェン・カイコー
恵比寿ガーデンシネマ
上の監督の名前を聞いただけでも、ピンと来る人にはうずうずしてしまう、10分という持ち時間でそれぞれが作品を作り上げたコンピレーション。
10ミニッツ・オールダーにはもう一つ「イデアの森」があり、そちらにはジャン・リュック・ゴダール、ベルナルド・べルトリッチ他が参加している。
一番の感想は、下手な120分作品より全然密度が濃いと言うこと。詰め込む作家(カウリスマキ、ヴェンダース、スパイク・リー、ヘルツォーク、カイコー)と、断片として切り取る作家(エリセ、ジャームッシュ)とに大きく分かれるが(その境界もあいまいだけど)、総じてレベル、緊張感・完成度が高く、ただの寄せ集めには終わっていない。
そして、それぞれについては...
自分的ベストはヴィクトル・エリセの「ライフライン Lifeline」。
それぞれの作品をつなぐ川の映像とトランペットの即興演奏も印象に残る。
世間一般にはあまり人気が無いようでがらがらだったのが気になった。
(04/08/31 "イデアの森" についてはこっち)
以下の記事は12/09発売の週間アスキー12.23号中の連載、「仮想報道(歌田明弘さん)」をもとに書いています。
ジェシカ・リンチという女性兵士を知っていますか?イラク戦争中盤に、「女ランボー」としてヒロインにされ、軍、アメリカ国民の士気を高めるプロパガンダとして文字通り役に立ったニュースなのだが、日本ではほとんど相手にされてない(と思う。実際、知らなかった)。実は最近、彼女がこの報道を覆す証言をし始め、それに対していろいろと反応が出てきている。
「マスメディアを操作し戦争の流れに影響を与えるためにジェシカ・リンチの話を捏造したのであれば、大量破壊兵器の報告についても信頼性が揺らぐ」
詳しくは、「仮想報道」及び、そこで挙げられている以下のページを。
戦争報道するメディアの信頼性と事実の捏造についてはスタンリー・キューブリック監督が1987年に戦争映画(=反戦映画)の大クラシックになっている「フル・メタル・ジャケット Full Metal Jacket」でも採り上げられている。

黒猫・白猫 - goo 映画
1998年 仏・独・ユーゴスラビア
監督:エミール・クストリッツァ
演奏:NO SMOKING ORCHESTRA
出演:バイラム・セヴェルジャン
スルジャン・トロイヴィッチ
フロリアン・アジニ
リュビシャ・アジョヴィッチ
こんなにも登場人物みんなが生き生きとしている映画はそんなにはない。このサイトでも採り上げてきた旧ユーゴ出身の監督達のどの作品もユーモアこそ絶対忘れてないが、ここまで陽気であっけらかんとしているのはこれくらいだ(同監督の"アンダーグラウンド"ももちろんあるが、それよりもさらに)。戦争のことは直接に描かれていない。
そのあたりはいろんなレビューで書かれているので、もう少し違った側面から見てみる。

ノー・マンズ・ランド No Man's Land
2001年 フランス イタリア ベルギー イギリス スロヴェニア
監督:ダニス・タノヴィッチ
撮影:ウォルター・ヴァンデン・エンデ
出演:ブランコ・ジュリッチ
レネ・ビトラヤツ
カトリン・カートリッジ
サイモン・カロウ
ボスニアに行くまでの準備期間に、内戦当時のことを少しでも知りたい自分にとって、貴重な情報源であった大切な作品。121分の殆どが、主役の二人のダイアローグで構成されている。
内容については、特に"ボスニア"ということでなくて、戦争というのはやっぱりすごくくだらなくて、意味がなくて、どうしようもないばかばかしいものという当たり前の事実を痛いユーモアで確認させてくれる映画だった。そしてそのばかばかしさが"隣人殺し"というような言葉に集約されるほど濃いのが、やっぱりボスニアなのだろう。イラクのことも北朝鮮のことも他の地域でのことも世界の誰もが無視できるはずのないことだ。
ヴェトナムが終わり帰還したトラヴィス(ロバート・デ・ニーロ)。正義のやり場のなさ、悪臭に満ちた都会の閉塞感の中で、その「正義」(それは本当に正しいか?)のやり場を見つけ出せない。トラヴィスは一見してどこか壊れているのだけれど、それは彼の言葉に出てくるとおり、「誰もが抱えている欠点」なのかも知れない。これを見ている我々は本当に彼とは違うだろうか?
トラヴィスが愛する両親に向けた手紙から。
「レザボア・ドッグス」、「パルプ・フィクション」で完全に寵児となったタランティーノの3作目となるこの「ジャッキー・ブラウンJACKIE BROWN」はなぜかあまり人気がない。主演のパム・グリアーが活躍していた「Coffy」、「Foxy Brown」といったいわゆるブラック・イクスプロイテーション、そしてそれへのタランティーノの傾倒ぶりを知らずに、例の無駄話ばっかりと高いテンションで「BANG! BANG! BANG!」をみんな期待しているからだろう。

ノー・マンズ・ランド No Man's Land
2001年 フランス イタリア ベルギー イギリス スロヴェニア
監督:ダニス・タノヴィッチ
撮影:ウォルター・ヴァンデン・エンデ
出演:ブランコ・ジュリッチ
レネ・ビトラヤツ
カトリン・カートリッジ
サイモン・カロウ
ボスニアに行くまでの準備期間に、内戦当時のことを少しでも知りたい自分にとって、貴重な情報源であった大切な作品。121分の殆どが、主役の二人のダイアローグで構成されている。
内容については、特に"ボスニア"ということでなくて、"戦争というのはやっぱりすごくくだらなくて、意味がなくて、どうしようもないばかばかしいもの"という当たり前の事実を痛いユーモアで確認させてくれる映画だった。そしてそのばかばかしさが"隣人殺し"というような言葉に集約されるほど濃いのが、やっぱりボスニアなのだろう。イラクのことも北朝鮮のことも他の地域でのことも世界の誰もが無視できるはずのないことだ。
サラエヴォで一緒に生活、活動をしたダミエルが僕らのサラエヴォ知識度をテストしたアンケートの中にも、この作品の監督、ダニス・タノヴィッチの名前があった。ダミエルにとっても、ボスニア人の複雑な立場を代弁してくれているのだろうと思う。
ほぼ無名のキャストに新人の監督で作られたこの作品は、製作はボスニア・ヘルツェゴビナ名義ではなく、フランス、イタリア、ベルギー、イギリス、スロヴェニアのクレジットだが、2002年ゴールデングローブ賞外国語映画賞、2001年カンヌ国際映画祭脚本賞、2001年ロサンゼルス批評家協会外国語映画賞に輝いている。
How does it feel
How does it feel
To be on your own
With no direction home
Like a complete unknown
Like arolling stone?
東京画
1985年 西独
監督:ヴィム・ヴェンダース
編集:ヴィム・ヴェンダース ソルヴェイグ・ドマルタン
キャスト:笠智衆 厚田雄春
(はじめに断りますがヴェンダース論でも作品論でもありませんので)
「外が晴天だとなおさら悲哀が募る」
小津がずっと舞台に選んできた東京の画"イメージ"、小津の"世界を透明にしうるまなざし"を追いかけてやってきた異邦人ヴェンダースの画"イメージ"。1983年の東京は小津作品のそれとは違う「傷ついた風景」だった。
人々が生き抜くことに必死になっている時に、この男は逃げられるのに逃げず、自分が首をくくって死ぬ白日夢にとりつかれている。家族が国外に亡命するとき彼だけが残ったのは、彼が生きることを放棄したからかもしれない。ところがそんな彼も、いざ目前に死が迫ると、本能的に生きることを選択してしまう。生と死のせめぎあいは、この男の中にも存在するのです。
(映画瓦版)
1997年 ボスニア=フランス
監督・脚本:アデミル・ケノヴィッチ
この映画の撮影は一部、内戦中のサラエヴォで行われています。確かに見覚えのある街並みが出てきます。
極限状況の中を描くときに、さらに人物を何かを背負った設定にすることでより表現力を増すという手段は『カッコーの巣の上で』などにも見られる手法ですが、この作品がもっとメッセージの訴求力を持っているのは、ボスニアの監督がボスニアでボスニア内戦のさなかに実際に作ったからです。そしてそれはもちろん簡単なことではないのです。
見ていない人のためにも内容については触れませんが、実際に体験したスタッフだからこその「映画的な結末」ではないクライマックスに、心を打たれずにいられないと思います。
戦争の悲劇の解決方法は果たして?
「パーフェクトサークル」とは?
< この記事は以前"Web of Activities"に書いたものです。 >
クストリッツァ監督の映画はクストリッツァ監督自身が子供のころから心の中でずーっと大切にしている純心さと感動に満ち溢れています。
エミール・クストリッツァの作品はただユーゴスラビアの悲劇の歴史を感傷的に綴っているわけでは全然ありません。
1951年、サラエヴォ生まれの彼は高校時代から映画を監督し、その後チェコのプラハ映画学院で演出を学びます。その後、サラエヴォに戻り、近親相姦を扱った『花嫁たちがやってくる』を監督しますが、放送禁止に。その後初の長編となる『ドリー・ベルを憶えている?』でヴァネツィア映画祭で金獅子賞に輝きます。その後は、『パパは出張中』、『ジプシーのとき』、『アリゾナ・ドリーム』、『アンダーグラウンド』などでカンヌのパルムドール、ベルリンの銀熊など数々の賞を手に入れます。
彼はフェイバリットにジャン・ルノワールとフェリーニを、映画監督の定義として吟遊詩人、魔術師、語り部であることを挙げています。
彼の一大映像狂想曲であり、ユーゴスラビアへの複雑な感情のあふれる『アンダーグラウンド』をはじめ、彼の作品をまだ見ていない方はぜひ見てください!
< この記事は以前"Web of Activities"に書いたものです。 >
パパは、出張中
Otac Na Sluzbenom Putu
1985年 ユーゴスラヴィア
監督:エミール・クストリツッア
出演:モレノ・デバルトリ
ミキ・マノイロヴィチ
ミリャナ・カラノヴィチ
政治的に加速していく時代の中でただ普通の感覚を持っていたために強制労働送りにされる「パパ」、母親から父親は「出張中」なのだと聞かされる少年など当時の体制に振り回される人々をどこか暖かい視線とユーモア(これはサラエヴォでもみんな忘れていない)で描き出したエミール・クストリッツァの『アンダーグラウンド』の10年前の作品。
第2次世界大戦後、チトーを中心にソ連のスターリン主義とは違う独自の共産路線を歩みだそうとしていたユーゴスラビアの一般の人々の状況を扱っている。
『政治なんかくそくらえ!』というせりふが残る。実際この夏にサラエヴォでも『FUCK THE SYSTEM』という落書きを見つけたのだが、それもドキリとした。
< この記事は以前"Web of Activities"に書いたものです。 >
アンダーグラウンド
エース ピクチャーズ配給 仏=独=ハンガリー(1995) UNDERGROUND (171min.)
『世代を超えてすべての反逆児におくる永遠の聖書』
二人の主人公、戦争の終結を知らされないまま何十年も地下で外界と接触を絶たれた生活をおくる人々、圧倒的な映像と音楽とで旧ユーゴスラビア50年にわたる悲劇の歴史を綴りあげた大傑作。
もちろん彼らの悲劇?希望?の歴史はこれからも続いていく。
実はサラエヴォに行く前はこの作品も監督の"エミール・クストリッツァ"も知らなかった。で、この作品にやられて他のエミール作品や、まだ見てなかった旧ユーゴスラビア関係の映画をさらに見出したわけです。
< この記事は以前"Web of Activities"に書いたものです。 >
クウェンティン・タランティーノが久しぶりに放つ話題作、『キル・ビル KILL BILL vol.1』。横浜相鉄ムービルにて。
何というか、すごい!の一言に尽きる。とりあえず、人はたくさん死ぬ。その時点で駄目な人は見ないほうがいい。ただ、多くの人を斬りまくる、殺しまくるというのは、ハリウッドというよりは、日本の時代劇などの殺陣から来ている所なんだけど。もちろん、時代劇では血は飛ばないけど。深作欣二監督『バトル・ロワイヤル』もそうだけど、リアリティを消すようにいろいろな仕掛けはしてあるから正常な人であれば、問題ないだろうとは思う。
主役ザ・ブライド(ブラック・マンバ)役のユマ・サーマンはもちろん、一番すごいのは、今回メインの敵となっているオーレン・イシイ(コットン・マウス)役のリューシー・リュウ。過酷な生い立ちかに起因する冷たい殺気と無言の眼の強さに圧倒される。Vol.1 では完全に主演のユマ・サーマンに存在感で勝っている。TVシリーズ『アリー・マイ・ラブ』でも十分な存在感だったけど。ちなみに人気は主役のアリーに次いで2位(女性編)。
ここ最近、旧ユーゴスラビア関係の映画を立て続けに見ていました。旧ユーゴスラビアに興味を持ち出したのは今年の初めからということ、メジャーでないのでDVDもビデオも見つけにくく、そんなに見ることがついこの間までできなかったが、最近になって送ればせながら"Amazon.co.jp"によりオンラインで簡単にサーチ&ゲットし、その便利さにいまさらお世話になっている。
ヴィム・ヴェンダース監督「エンド・オブ・バイオレンスTHE END OF VIOLENCE」、「ミリオンダラー・ホテルTHE MILLION DALLAR HOTEL」と新しい2作品。「エンド・オブ・バイオレンス」は色、空気感こそ80年代頃までのものと全然違うが登場人物達のひいた(ロングショット的な)関係描写や温度はまさしく自分の好きなヴェンダースのものだった。それに比べると「ミリオンダラーホテル」は全然ヴェンダースじゃない。多分、ボノやメル・ギブソンが関係している分だと思う。見たいのはこういうのじゃない。
そしてDVD発売になったアキ・カウリスマキ監督の「過去のない男」ももちろん。不器用で無愛想な静かでちょっとほっとする、そんな感じだった、やっぱり。イーね!「人生は前にしか進まない」よね。後ろに進まれるのは困るのです。いろんなストレスで全然最近動いてなかったけど、ほんの少しだけ生き返ったかも。
カウリスマキ作品を発表順にずっと見てきて、マッティ・ペロンパーの良さにあらためて気づく。好きなのは「パラダイスの夕暮れ」、「ラヴィ・ド・ボエーム」、「レニングラード・カウボーイズ・ゴー・アメリカ」、もちろんジム・ジャームッシュの「ナイト・オン・ザ・プラネット」。レニングラード...なんてちょっと前までは全然バカにしててくだらない映画だろうと思ってたけど、見てみたら結構普通にいい映画だった。くだらないのは予想通りだったけどね。「...モーゼに会う」の方は、全然面白くなかったけど。で、さっきまた「浮き雲」を見ていたのだけれど、「浮き雲」は「マッティ・ペロンパーに捧ぐ」となっているのね。最初見たときは特に意識もしていなかったから気がつかなかったけど、亡くなっていたのですね。合掌。カウリスマキ作品にはなくてはならない名優に。「過去の無い男」のカンヌグランプリ受賞、ヒットでカウリスマキがまた見直されている(僕みたいにね)のをマッティ・ペロンパーも喜んでいることでしょう。

と、最近よく働いている分の給料もまだもらっていない厳しい財布事情の中、カードで買っちゃいました、『トータル カウリスマキ DVD-BOX』。たまに話題に出ながらレンタルとかでも探しにくいカウリスマキ監督の16作品DVDセット!まだ見てないです。カウリスマキ監督作品は横目でチラッと気にしながらも、『浮き雲』を見るまで未体験、そしてこの間最新作の『過去のない男』を見ただけのビギナーですが、これをじっくり見ればいろいろえらそうに語れるかも。BOXセットってやっぱりなんだかうれしい。それに全部バラで揃えるよりかなり割安だし。カウリスマキとかヴェンダースって"Amazon.co.jp"を使っても手に入らないものとか多いからね。
アキ・カウリスマキ監督『過去のない男 mies vailla menneisyytta』。にやっとできるし、なんかちょっとだけいい気分になって映画館を出た。イルマ役の女優カティ・オウティネンの無表情振りがすごい。全てがわざとらしいハリウッド俳優達とは正反対のものだ。『浮雲』の、苦しい状況の中でも強くわずかな希望を捨てないで頑張っている姿とはまた違う。どっちも表情がほとんど変わらないのは一緒だけど。ただ、カティ・オウティネンとしては『浮雲』のほうが好き。カンヌでの受賞も今回の分だけでなく、前から続く彼女の功績に対しての意味も多分に含まれているのだろう。そして、主演の過去のない男マルック・ペルトラ。いい俳優だね。『浮雲』にも出てたんだ。そして忘れてならないのが、ハンニバル。猛犬ぶりがかわいかった。
『マルホランド・ドライブMULHOLLAND DRIVE』2度目。前見たときはほんとに全然わけわからなかったけど今回はちょっと気にしながら見た。でも、やっぱりわけわからないが、意味ありげなポイントはいくつも挙げられるようにはなってきた。でも、細かいところを神経質に作ってるかと思えば、CGがダサいところとかチャチいところ(例の玉手箱のシーン、チカチカするマルホランドドライブの表示、小さい老人二人...)で、猛烈にひくので、やっぱり好きな映画じゃないな。でも、2回見てんだからやっぱり術中にはまってるのか?劇場のシーンあたりは結構好きだな。でもあちこちやっぱり気持ち悪い。多分もう一回くらい見てしまう気が...
ここ最近見た映画をまとめて。
ヴィム・ヴェンダース監督
・「アメリカの友人 DER AMERIKANISCHE FREUND (1977)」
ダニエル・シュミット、サミュエル・フラー、これを見たときはニコラス・レイも特に知らなかったので「映画史へのめくばせ」ということはよくわからなかったけれど、僕が見ていたヴェンダース映画の中ではもっともスリリングさがあった。僕は映画にそれを求めてはいないけれど、ラストシーンなんかは結構印象的だったな。色の使い方も印象的。デニス・ホッパーが「イージーライダーのバラード」を口ずさむシーンがあるとの情報を先に知っていたので、見ている間も今か今かと思ってた。ヨナタンの妻役のリザ・クロイツァー、ヴェンダース映画によく出てくるけど、結構好きな女優。いつも不幸そうな顔をしている。当時はパートナーだったそうだけど。「ベルリン・天使の詩」のソルヴェイグ・ドマルタンもそう。
・「 ニックス・ムーヴィー/水上の稲妻 NICKS MOVIE / LIGHTNING OVER WATER (1980)」
で、ここでニコラス・レイを知る。当初ニコラス・レイとの共同で映画をつくることで進められていたが、癌の進行でみるみる老衰していくニック(ニコラス・レイ)を見ているうちにヴェンダースは続けていくことの困難にぶつかる。ニックに起るであろう死、それを見つめるヴェンダース、映画の構想、それぞれが複雑に絡み合ってフィクションとドキュメンタリーとの間をどちらにも落ち着かずにずっと行ったり来たりしている。ニコラス・レイからゆっくり出てくる言葉、映画のフィルムのまだ生き生きしている様子とは逆に、手持ちのビデオでとられたニックのあからさまな衰弱。人の死を見つめながらそれを撮っていくことの難しさ、それを作品にするヴェンダースの意義、作家としての姿勢、そんなことを深く考えずにはいられない。ビデオの映像をはさむときのブチッとした編集とそれによってつくられる独特のリズムもこの作品を特別なものにしている。
アキ・カウリスマキ監督
・「浮き雲 Drifting Clouds (1996)」
全然期待してなかったけど、面白かった。アキ・カウリスマキ監督って「レニングラード・カウボーイズ」のイメージでひとつも作品を見たことないのに、なんか寒いイメージを勝手に持ってた。今、恵比寿ガーデンシネマでやっている「過去のない男」でクレイジーケンバンドが使われていることからその偏見を解こうかなと思ってたところに、たまたまこの「浮雲」がやっていたので見たんだけど、イーね!曲がいい、俳優の顔がみんないい、話しがいい。どうってことないと思う人もいるかもしれないけど、自分的にぴったり。他の作品ではもっと希望がない感じで終わるものが多いらしいけれど、これは最後の最後でほっとできる。それで流れてくる音楽が全部いいタイミングでいい曲ばかり。ひとつも知らない曲ばかりだし、なんてジャンルかもわからないけれど、いい。久しぶりに笑いながら見れた映画。「過去のない男」ももちろん込んでないときみはからって見に行く。
フランソワ・トリュフォー監督
トリュフォーはみんなあちこちで言ってるし、短いものも多いから特に言うことはないけれど、実は今回まとめて見たこれらが自分の初トリュフォー。前からもちろん知ってたけど、もともとそんなに映画好きでもなかったし、なんか甘ったるそうな、いかにもフランスな名前が好きじゃなかった。これも偏見。
「柔らかい肌」はとても見ていて怖かった。こういうのわかるけどわかってない感じというか、他人事じゃない怖さというか。女の人冷める時ってあっさりしてるんだよね、ほんと。みんなじゃないと思うけど。「大人は判ってくれない」、「二十歳の恋」の少年もいい顔してる。
原一男監督
・「ゆきゆきて、神軍 (1987)」
これは前にも書いてたんだけど、スーザン・ソンタグとマイケル・ムーアがふれていたので無視できないくらい興味を持ってしまって購入。奥崎謙三!こういう人って本当にいるのだ。もちろん日本だけじゃない。アメリカのトップにもでかい面して居座って人を殺すのをなんとも思わない奴がいる。どこかからだも頭も構造が違うとしか思えない。奥崎謙三の全く出所のわからない自信と行動力は反吐が出るほどすごいものだ。そしてその強さで忘れてしまうけど、これをずっと撮り続けた原一男監督もまた並大抵の人ではない。
『マルホランドドライブ(監督:デヴィッド・リンチ)』、『ウェルカム・トゥ・サラエボ(監督:マイケル・ウィンターボトム』を見た。ちょっとつくりが雑な気がする。『マルホランドドライブ』は結構面白いと思うところもあるのだけれど、伏線を張った謎解きなのか、ただの監督の自己満足なのか、本当にその辺が雑なのか、自分の好みじゃないだけなのかよくわからないけれど、後味の悪さと同じくらい、まだ興味を持たせられているところがある。多分もう何回か見るだろう。
3/1 Sat. 『ノー・マンズ・ランド NO MAN'S LAND』を浅草中映劇場で見た。かなりうさんくさい客ばかりの密度の濃い映画館だ。内容については、特に"ボスニア"ということでなくて、"戦争というのはやっぱりすごくくだらなくて意味がなくてどうしようもないばかばかしいもの"という当たり前の事実を痛いユーモアで確認させてくれる映画だった。そしてそのばかばかしさが"隣人殺し"というような言葉に集約されるほど濃いのが、やっぱりボスニアなのだろう。あらためてそこに飛び込んでいくことは覚悟がいるんだなと思う。もう無関心ではいられない。イラクのことも北朝鮮のことも他の地域でのことも世界の誰もが無視できるはずのないことだ。
無関心でいるのは戦争に賛成しているのと同じことだと僕は思う。他人事だと思っている人、いい加減気づいてください。
何もできない日本のトップの人たちは自分の自覚の無さを本当に恥じてください。
ほぼ無名の役者達みんなの素晴らしい仕事ぶりも特筆に価する。
『シッピング・ニュース The Shipping News』 WOWWOWでやってたので遅ればせながら見ました。去年このサイトを立ち上げた頃していた建築の模型(中央区全図!)を作るバイトの間中、FMを聞いていたのですが、そこで毎日いやになるくらい宣伝されていたのが『シッピング・ニュース』でした。レッセ・ハレストルム監督最新作といわれてもその監督知らないし、特に興味も持っていませんでしたが、なにかの縁だろうと思って見てみました。うん、いいかな。というところ。はまったりとか、超感動とか、これ好き、とかではないけれど。『ギルバート・グレイプ』かー。そういう感じだなー、ホント。『ショコラ』は見てない。ジュリアン・ムーアこの間『ビッグ・リボウスキー(コーエン兄弟)』見直してまたうけてたところなのでそのときとのギャップにまたうけました。
で、さらに昨日は『ベルリン・天使の詩 DER HIMMMEL UBER BERLIN』。相当見てるけど、やっぱりこれ好きだね。で、ヴェンダースじゃなくてジム・ジャームッシュだけど、『ゴーストドッグ』もまた見てしまった。これもかなり好き。自分の作品のタイトルにも「ゴースト...」と借用してるくらい。葉隠れ。絵や話はもちろん音を覚えてる映画だったりする。
全然関係ないが、ここのところ平山綾がかなりかわいい気がします。長谷川京子もかなり気になります。
BS2で昨日の深夜『都会のアリス ALICE IN DEN STADTEN(監督:ヴィム・ヴェンダース)』を見た。
ドイツから派遣されたライターの主人公はポラロイドSX-70でアメリカを、退屈に撮っている。何でも撮っては何度も並べている。文章はいつになっても書けない。『独り言は独りで聞くこと』。アリスと行動するようになってからは殆ど写真を撮らなくなる。少しづつ書き出すが、アリスには「落書き」と思われている。
ヴェンダース好きなんだけど、前のものとかビデオ借りて見ようとか全然しないので、『都会のアリス』ははじめて。いいね。最近、BS2でよくヴェンダースやってるのでよく見てる。『パリ、テキサス』はもちろん見てたけど。
なんだか最近映画がわりと気になっている。多分港千尋のせいだろう。
REAL TOKYOから黒澤ライカさんのスーザン・ソンタグ講演のレポートを少し。以下はそこからの引用。
from New York スーザン・ソンタグが選ぶ「何度でも見たい日本映画8本」
文:黒澤ライカ
~
こうした内的ジレンマを静かな語り口で鋭く描いた映画は、最近の日本映画には残念ながら少なく、数点のアニメーション映画を除いて、日本映画は自分の心に届いてくるものではなくなった、と嘆いてみせもした。
~ 中略 ~
ソンタグは、新しい映画もちゃんと見ていると前置きしたうえで、自分のように古い映画を繰り返し見るのは単純にこの時代の映画の方が優れていると思うからであり、決してノスタルジアではない、と自己弁護した。そのうえで、しかしもしかしたら、こうした行為は今の映画を見捨てていることになるのではないか、との疑問を観客に提起し、自分自身もこの疑問に対して答えを見つけていない、と付け加えて講演を終えた。 このシリーズで上映される映画は以下の通り。
溝口健二監督『祇園の姉妹』(1936)
黒澤明『わが青春に悔いなし』(1946)
吉村公三郎『安城家の舞踏会』(1947)
五所平之助『煙突の見える場所』(1957)
木下恵介『二十四の瞳』(1954)
成瀬巳喜男『浮雲』(1955)
大島渚『絞死刑』(1968)
原一男『ゆきゆきて、神軍』(1987)
『バトルロワイヤル』がまたWOWWOWでやっていたので見る。3回目なのでディティールまでかなり見えてくる。
『バトルロワイヤル』が好きだ。深作欣二監督の映画へ欠ける熱意がハンパじゃない熱量を持って見えてくる。追悼。
TVでジム・ジャームッシュの『ナイト・オン・ザ・プラネット(原題 Night on the Earth)』をやってたので久しぶりに見る。やっぱり好き。ゴースト・ドッグのアイスクリーム屋の彼がタクシーの運転手やってたり、ロベルト・ベニーニがまたタクシーの運転手やってたり、もちろんウィノナ・ライダーもやってたり、楽しめた。今回もう4,5回目なのでじっくり見てたら、ただ楽しいだけではなくて、結構ディープなモティーフも扱ってることに気づく。それをいかにもシリアスそうに見せるのでなくて奥のほうに包んで隠しているあたり、ジム・ジャームッシュのセンスが利いている。
BS2で”カリートの道”をやっていたので見る。2回目。年をとってからのアル・パチーノはかなり好きだ。”セントオブウーマン”もそうだったけど、痛いくらいにセリフが、眼光が突き刺さる。そしてどうしようもなく切なくて悲しすぎる。本当は映画はかなりシリアスでハードなものが好きで、見てるとつらいのでなるべく見ないようにとそういうものを遠ざけていたのだ。他には”タクシードライバー(デ・ニーロ!)”、”フルメタルジャケット(キューブリック!)”とか。みんな心臓の一番弱いところにダイレクトに触ってくる。
昨日、遅れたけれど、「少林サッカー」を見た。いろいろすごい噂がまわってて期待してた割には意外と普通。悪い意味ではなくて普通に楽しめた。もっとバカ映画を期待してたのだけど、まともな人がつくってる感じ。あの兄弟の中に知ってる人がたくさんいた。一番上の大兄は草間やよいでしょ、キーパーやってたのは、DJジン(ライムスター)でしょ。
夏には「オースティンパワーズ」もあるんだよね。って言っても一度も見たことないけど。
モンスターズインクを見る。しかも吹替え。こういう映画は子供がターゲットだと思うけど、制作者は子供環連れてくる大人のことも結構視野に入れて、細部をつくっている。笑えるコネタも多い。最後の方のクライマックスのシーンはわかっていてもグッと来てしまう。
ディズニーの方針というのはディズニーシーを作っているときに嫌になるほど体感し、感心すると同時にかなりさめてしまったり引いてしまうところもあるのだけど、こう映画で見せられたり、シーやランドで大サービスされるとみんな文句言えなくなってしまうのがわかる。