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2007年のサラエボ

Flickr-Sarajevo

どういう経緯だったか忘れてしまったが、Flickr!の“Sarajevo”グループの管理人が自分だったことを思い出した。自分で立てたんだったか、誰かかから引き継いだんだったか... というわけで、無責任な管理人をよそに Flickr:Sarajevo グループは現在メンバー221人、写真2026枚で、新しい写真もアップされています。「百聞は一見に如かず」ということで、現在のサラエボがどんな様子かの一端はここの写真を見てもらえると少しわかるかも知れません。TVやニュース、雑誌などでもうほとんど採り上げられないサラエボの、町の、生活のディティールへの入口に。

また、今年もSICEのプロジェクトがサラエボでスタートしました。もう僕は参加をしていませんが、友人2人がブログに日々様子をアップしてますので、こちらもチェックを。

それにしてもサラエボで家にネットが繋がっているなんて、4年前や2年前を思えば夢のような環境。

2007年のサラエボをどうぞ。

P2102V

2005年夏のサラエボでなくしたボロボロの携帯電話“P2102V”が、昨夏に再度サラエボへ行っていた友人の手を経由してついこのあいだ自分のところへ戻ってきた。当時から薄々犯人はわかっていたものの、あらためて懐かしい、なくしたはずの携帯を充電後、電源を入れてみると切ない気持ちになる。

そこには僕が撮ったのでない写真と動画がたくさん残っているからだ。

SICE日本語サイト公開!

このサイトのスタートから続けてきた「SICE(サラエボ国際文化交流)」の日本語サイトをスタートさせました。

http://www.pit-arts.net/

今後、通称サラエボプロジェクトのインフォメーションなどは新サイトの方でお伝えしていきます。ここよりもちゃんと更新していきますので、よろしくお願いします。ここのコンテンツのうちのいくつかもいずれ移動させるかも知れません。

また、2006年2月には東京浅草のアサヒアートスクエアにて、5月にはベルリンのギャラリーNORDにて展覧会"Transition Compound"を行いますので、あわせてよろしくお願いいたします。

< この記事は以前"Web of Activities"に書いたものです。 >

ご無沙汰です。
ただいま"SICE- Sarajevo International Culture Exchange"は、活動を拡大するためいろいろと準備中です。サイトも新しくなりますので、今後SICEについてのアナウンスはそちらで行うようになります。公開の際にはこちらでも報告します。

さて、名古屋方面の皆様、そしてもちろん名古屋方面以外の皆様、イベントのお知らせです。
名古屋にある「カノーヴァン canolfan」さんで、ゴダールの新作とサラエヴォに関してのイベントを行ないます。

ゴダールの新作『アワーミュージック』公開を記念したイベントです。

“私たちの音楽” ~ サラエヴォ篇 ~

11月19日(土) start 19:00 fee ¥1,500-
 act 1. SON ET IMAGE guest : マーズ古田 Phirip
 act 2. 『アワーミュージック』premiere vue
 act 3. 「アート、サラエヴォの友人」 
     guest : 近藤 圭 (アーティスト)
         林 加奈子 (デザイナー )

*当日はボスニア式コーヒー[ボザンスキ・カファ]をお楽しみいただけます。

会場
canolfan(カノーヴァン) http://www.canolfan.com名古屋市中区新栄2-2-19 eat@canolfan.com
問い合わせ
canolfan(カノーヴァン) eat@canolfan.com名古屋シネマテーク 052-733-3959

ゴダールに、名古屋に、サラエヴォということで自分が一番楽しみにしております。SICEから僕と林a.k.a.かんちゃんが行きますので、是非よろしくどうぞ。ワイルドなボスニア式コーシーでほっこり暖まりましょう。

< この記事は以前"Web of Activities"に書いたものです。 >

サラエボを後に、Jazz、FIS..

サラエボ最後の夜、"PARADISE NOW"を見た後、少し興奮しながらメンバーのBatskiが働くジャズバーへ。いい雰囲気の店だ。生演奏とバツキの作った野菜のトルティーヤとサラエボのビールを楽しみながらまったりとする。ピースボートのスタッフをしているイギリス人も途中から混じり、その流暢な英語の中に懐かしい言葉を聞く。高田馬場。「国際部です。」ピースボートの乗客は99%は日本人らしい。彼女はおかげで日本語を少し覚えたらしい。高田馬場にオフィスがあるということらしい。「お疲れさまです。」

毎週末に通ったクラブ"FIS"へ。TAXIもサラエボの友人にもFISで通じるのだが、看板やフライヤーには"Club Bock"と書いてある。謎。でもFISはFIS。ここも Sarajevo Film Festival に絡んで内外の有名DJを呼んだり特別なパーティを組んでいる。この夜は渋谷FMでもレギュラーを持っている"Cosmo"のプレイ。暖まるまで少しかかるが、3時あたりからみんな煽りに煽られ、フロアもラウンジも阿鼻叫喚の図へ。

スカンデリアの中心人物イワン、Mrビーン似の2年前の展示場所"ACCESS"のスタッフ、東京芸大の建築に留学を考えているサラエボ人、クラブで毎週顔を合わせるメンツ... Batskiに挨拶をして帰途に。朝にはもうサラエボを後にする。

ニーナは言っていた。みんな「サヨナラ」と言うけれど、わたしはここに残らないといけないの。だから「またね」って。

See You!

Paradise Now, Sarajevo Film Fes

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11Sff1

11Sff2観光客が一番多くなるのが「サラエボ・フィルム・フェスティバル」の開催期間前後だ。いつもはグレーで暗い街もなんだか華やかに浮き足立ってくる。出品作品はボスニアはもちろん近隣のセルビア・モンテネグロ、スロべニア、ハンガリー、チェコ、トルコなどと日本の監督も数人とジム・ジャームッシュ作品や「カンフー・ハッスル」なんかもある。

終了、そして後始末。

After-Exhibit

準備中も会期の間も、濃い密度を駆け足で過ぎた"Re_Cultivation"も終わり、各会場の搬出、撤去が終わるのと同時にメンバーも一人一人サラエボを去っていき、家に残っているのも日本人の何人かだけになってしまった。来年の2月に浅草のアサヒアートスクエアで行なう報告&今後に繋げる展覧会"Transition Compound"の準備や写真、データの整理をしつつ残りのサラエボ滞在をゆっくりと楽しんでいる。

さて、SICEの展覧会が終われば今度は「サラエボ・フィルム・フェスティバル」だ。街は年に一度の国際的なフェスの空気に活気づいている。ジム・ジャームッシュの日本で未公開の最新の作品なども公開されるので見てみようと思う。

fotographs...

Photo-Sm自分の作品の制作途中。

特に「サラエボだから」ということでは始まっていない。サラエボの空気を吸って、サラエボで食事をして、サラエボで作品を作ったら、サラエボの作品になるに決まってる。

写真を撮りたいと思うのは、写真に残したいと思うのは、そこにいた時間を忘れてしまうからだ。自分がいた、過ぎ去ったそのごくわずかな時間、瞬間を映像に残して記憶を繋ぎ止めたいと思っている。

開いた窓から差し込んでくる光は二度と同じ軌跡を描かない。

千羽鶴のインスタレーション

Cranes

ドイツのハイナの作品。文化交流的なプロジェクトで「折り鶴」はベタな感じもするけれど、ライティングとインスタレーションが綺麗で、夜のうす暗い Barake にとても映えていた。日本メンバーが教えた「折り鶴」をオランダ人もボスニア人もドイツ人もミーティングの合間や空いた時に折り続け、千羽鶴を完成させた。

ハイナはキャラがたってて、いつも誰かに真似されていた。この展示の搬出の日と帰国の日が重なっていて、鶴を千羽外しているうちに思ったより時間がかかってしまい、誰にも挨拶を告げずに帰っていってしまったのが彼らしい。

贖罪のヒツジキャンディ

Redemption01Redemption02

オランダ在住アメリカ人の若妻ベジタリアン、ジェシカのパフォーマンス。裁縫で作った羊のぬいぐるみが吊るし上げられ、お腹を割ると中から沢山のキャンディが飛び出してくる。

プロジェクトが始まった頃に日本人がやった「すいか割り」にヒントを得ているのだが、なんとも残酷というかキッチュ。「どんなベジタリアンだよ」とも思ったけれど、自分が今まで出会ってきたベジタリアン達より食べ物に対してリアリティを感じる。彼女は「動物がかわいそう」というわけではなく、単純に体質的に肉・魚が食べられないらしい。だから作る料理も貧しいいわゆる「菜食主義者です!」的なものでなく、手が込んでバリエーションに富んでいる。もちろんおいしい。

虫を食べる話になったら、小さい時は歩いている蟻をつまんでは口に入れていた、とあっけらかんと告白してくれた。「とってもスパイシーだった」そうだ。

Barakeの夜

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Barake01 Barake02

Barake03サラエボのアーティストグループ"Barake"のメンバーを中心に展示されている、その名も"Barake"というスペース。ここは昨年のプロジェクトにより活用されるようになった場所。ここでもオープニングにふさわしいイベントが行なわれた。

みんながライターで灯を点した道をステージに、ベリーダンス?のショーとサラエボ人デザイナーによるファッションショー。サラエボはスタイルのいい女性が多いが、ダンサーとモデルはさすがにさらにすごかった。野郎どもはみんなフラッシュをたいてシャッターを切りまくり、流しそうめんとはまた違う熱気で盛り上がった。

流しそうめん@Empty House

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Nagashisomen01
Nagashisomen03Re_Cultivation オープニング巡回ツアー、Empty Houseでは流しそうめんパーティ!準備でいっぱいいっぱいになりながらも始まってみれば大盛況。ドイツ人もボスニア人もオランダ人も「流れるヌードルを掬って食べる」という前代未聞の体験を大変楽しんでくれた。暗い家の中での写真なのでいまいち熱気が伝わリにくいのが残念。

Re_Cultivation start!

サラエボでの"Re_Cultivation"展、昨日始まりました!詳しくは写真付きで書きますが、とにかく昨日は面白かったです。Empty Houseでは、雨樋を使って流しそうめんパーティ、Barakeではサラエボのデザイナーによるファッションショーなど、オープニングにふさわしいイベントが目白押しで、大盛況でした。今までの自分が関わってきた展覧会の中でも一番いいものになったと思います。

時間とツール、身体

Screens

もちろんサラエボには東急ハンズも世界堂もヨドバシカメラもキンコーズもない。ジョイフル本田もない。ただ、時間と場所と自分の身体はある。

東京にいると便利なことはたくさんあるが、余計なものも多すぎて時間は案外無駄に過ぎていく。サラエボに慣れてしまった今では変に緊張することもなく、ただ時間をゆっくり、そして時々は早く感じることができる。

作品を考えるにも作るにも、本当は場所と身体と時間だけあればいいのかも知れない。

あとは、食べられる何か、か。

サラエボのフリーマーケット

Flea-Market1 Flea-Market2 Flea-Market3 Flea-Market4

サラエボ市内をトラムに乗って西へ、WISAという大きなスーパーマーケットの前で毎週日曜日に巨大なフリーマーケットが開かれている。絨毯、墓石、服、スニーカー、軍の放出品、携帯電話、便器、食器... とにかくなんでもごっちゃごちゃで、見てるだけでもなかなか楽しい。

ここは人の顔もたくさんで、ムスリム、クロアチア系、セルビア系、ジプシー、中国人、インド人など近隣住民や観光客がたくさん集まってきている。人ごみなのでもちろんスリには気をつけないといけない。昨日もちょうど間抜けなスリに狙われた。トロいのでポケットに延びた手を捕まえたら足早に逃げていった。

更新は ecto 頼り。

Desktop-Ecto

サラエボの一般家庭にネット環境はほとんど普及してないと思うが、CENTARと呼ばれる中心部には、ネットカフェはたくさんある。だいたい20分で1KM(70円弱くらい)で店によっては自分のノートからでもIPアドレスを入れてログインすることが出来る。回線は日本の環境に慣れてしまっているととても遅いけれど、とにかくここからでもネットに繋がる。

いま暮らしている家には電話すらないので、ブログを更新したり、メールを読んだりするにはCENTARまで行かないといけないのだが、その時に重宝するのがブログクライアントソフトの"ecto"。先のソウルでもサラエボでもブログは全部 ecto で書いて、オンラインになった時にまとめて更新している。試用期間を越えると有料になるけれど、ノートであちこちからブログを更新する人には手放せないソフトになるはず。mac版から始まったけれど、今ではWindows版もリリースされている。

夜景、サラエボ市内に臨む

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Night-View

南北二手を山に挟まれ、ミリャツカ川沿いに東西に延びるサラエボ市。この国、この街の抱えている全てのことを忘れてしまうくらいに、夜のサラエボは美しい。東京とは全然違う街の騒然、昼間の痛いくらいの日射、蓄積していく疲労、苛立ち。まあ、いっか。明日は明日。

何も起こらない日々

Myfeet-1作品が全然決まらない。進まない。Empty House の3階、ずっと穴を見つめている。

サラエボの滞在は作品制作、展覧会よりもいろんな国籍、大勢での、少しだけ特異な共同生活のなかでの経験の方が比重が大きい。もうこの一週間でも大変なことがいくつもある。

会場の一つ、"Enpty House"の隣に住むおばあちゃんは何もかも気に入らないらしく、毎日機関銃のようにまくし立て、警察に通報する。もちろん許可は得てるし、警察ももう事情がわかってるのでただ面倒くさいだけなのだが、彼女は言う。「私は銃を持ってるのよ。」

オーガナイザーの一人は日本で治療した奥歯の具合がとても悪くなり、あちこちの歯医者を回った後、救急病院で奥歯を砕き、抜いた。医者は終わった後に、「まるで戦争だったよ」。サラエボで歯は抜きたくない。戦争はその後の方が大変で、麻酔が切れた後、深夜にまたTAXIを飛ばして病院に再度駆け込まなくてはならなかった。

昨日の金曜の夜、クラブを何軒か回ってる途中、駐車してあったベンツのエンブレムを折ったことが原因で酔っ払いと喧嘩になる。一緒にいたボスニア人は面倒を恐れて遠くの方でなにもフォローしてくれない。とりあえず場を収めた後、芸大で建築を勉強したいと言うサラエボの彼は言った。「あいつらはまるで野獣だから相手にしない方がいい。ポケットには銃を持ってるから気をつけないと。」

素晴らしい日々だ。

サラエボの夏の日本人

Dustbox

サラエボでは毎年この時期になると日本人(とドイツ人とオランダ人)がごみ箱をあさってる光景を見ることが出来ます。ごみ箱には服、絨毯、おもちゃ...何でも捨ててあります。空気が乾燥してるせいか、意外に綺麗なものも。作品のためだったり、空き家をリビングルームに改装するためだったり、あちこちからものが集まってきます。絨毯は一度洗ってやると驚くほど綺麗。何かをこぼしたとか、穴が空いてるとか、焦げたとか、全然そんなことはない。なんでみんな捨てるんでしょうね?暑いからなのか?

今年もベヒコ家

ベヒコ宅先に入ってるメンバーから少し遅れて到着してみたら、今年の滞在先も2年前と同じベヒコ宅になってました。市内の中心部までバスを使って20分ちょっと。少し丘側に入っていく新興住宅地です。ここの1階から3階まで日本人もドイツ人もオランダ人も、男も女も30人ちょっとがぎゅうぎゅうに入ってます。このプロジェクトは展覧会だけでなく、このハウスでの共同生活も重要なコンテンツです。

ベヒコの子供たちも2年経って少し大人になって、あんまり前のように遊んでくれません。
この微妙な距離がこっちにいる間に縮まるかどうか...

< この記事は以前"Web of Activities"に書いたものです。 >

またサラエボの地へ。

Welcome to Sarajevo

紛争が起こるなんてまだ誰も思ってなかったサラエボオリンピック当時に、選手や記者や観光客を迎えたこの看板は、それからのサラエボで過ぎた時間と一緒に今もここを訪れた人たちを迎えてくれる。

さて、サラエボへ来るには、飛行機、鉄道、長距離バスといった手段がありますが、飛行機の場合直通はないので、ウイーン、ブダペスト、イスタンブールなどから来ることになります。鉄道の場合は、クロアチアのザグレブなどから。バスの場合はウイーンから来るのが一番いいかも知れません。ちなみにその場合、ウイーン-サラエボで40ユーロ。毎日1便、夕方にウイーン南駅からバスが出ています(前まで2便あったのですが、最近廃止になりました)。ちなみに写真の看板は鉄道のサラエボ駅のすぐそばで、バスのステーションも隣です。

ガイドブックなどでは、ボスニア入国に関してかなり注意を要するように記述がされていたりしますが、実際はそこまで大変なものでもありません。もちろん用心するに越したことはないですが。

< この記事は以前"Web of Activities"に書いたものです。 >

ボスニア製の電球。

こっちで買った100W電球。フィラメントのところがなんかすごい。ここまでくると工業製品じゃないな。でもちゃんとつきます。この辺がこっちのおおらかさと言うかたくましさと言うか。

< この記事は以前"Web of Activities"に書いたものです。 >

Re_Cultivation

SICE2005 Re_Cultivation

さて、今年のSICEのExhibitionはRe_Cultivationというテーマのもと、3会場で行われます。cultivationとは、耕作、栽培といった意味です。また養成や洗練といった意味も持っています。

  • Skenderija / スカンデリア
    ここはオリンピック当時の会場の一つだったところ。
  • Empty House / エンプティハウス
    British Council のすぐ裏(上)の、文字通り中に何もない空っぽの家。
  • Barake / バラック
    これは昨年度の会場だった通称"Living Room"。

7月30日からそれぞれでプロジェクトはスタートしていきます。公式な展覧会としては8月12日~14日まで。

サラエボまでどうぞお越しください。

< この記事は以前"Web of Activities"に書いたものです。 >

Party at Empty House

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Empty-Party01

参加メンバー同士はもちろん、ボスニアのアーティストや近所の人たちとうまくコミュニケーションをとるためにパーティが欠かせません。一昨日も昨日もパーティです。

Empty-Party02今年の Exhibit Space の一つである、通称"Empty House"の近隣の人たちへのご挨拶。引っ越しBBQです。ここは名前通り、家の骨組みだけあって、中身が一切ありません。ここに電気を引いたりして展示会場を作っていきます。

Empty-Party03今回はこっちの黒パン、白パン、ちょっと変わったソフトなバゲットに、ドライトマト、茄子、ズッキーニのオイルとビネガーに浸けたもの、ピクルス、オリーブ、アフヤールというパプリカのソース、サワークリーム、フェタチーズ。メンバーに結構ベジタリアンが多いのでこの辺を中心に、肉タリアンのために肉も焼きます。そして折り鶴をちょっと添える。

やっぱり屋外で食べるのはいい!

2年越しのサラエボ

7/23 06:48 ウイーンからバスで14時間ほど揺られてやっとサラエボに到着しました。

Sarajevo

Chopperこのオリンピック当時の看板を見るのも2年ぶり。バスステーションに着くまでの間の風景も変わってないようで、少し新しいビルが建っていたりする。

さて、これからの一ヶ月はまたとても濃くて、疲れて、充実したものになるだろう。でも辿り着くまでが長い!2年もかかった!

2年前、自分が作品を作っていたすぐ横のヘリと装甲車もそのまま。

東京芸大の芸術学科・先端芸術表現科・油画科の企画で、サラエボのアーティスト、セイラ・カメリッチさんと脳科学者、茂木健一郎さんの特別講演があります。外部の方も参加できると思いますので興味ある方はどうぞ。

セイラ・カメリッチの作品「ボスニアン・ガール」のポスターは実際2003年サラエボでよく見かけました。

開催行事 : 国際シンポジウム
<もう一つの万博 : 国民国家を超える新世代の芸術家たち>
共催 : 美術学部
美術解剖学研究室
先端芸術表現科
油画科
日時・会場 : 2005/05/19(Thu) 18:00~20:00(予定)
東京藝術大学美術学部(上野校地)中央棟1階 第1講義室

<講師陣>
セイラ・カメリッチ :(現代美術家、ボスニア・ヘルツェゴビナのサラエボ出身) 
茂木健一郎 :(本学美術学部非常勤講師・脳科学者、SONYシニアリサーチャー)
渡辺真也 :(キュレター、NY大学修士修了後、若手のアーティストを擁して国民国家を超える展覧会を企画、注目を浴びている若手)

セイラ・カメリッチについてのページ

< この記事は以前"Web of Activities"に書いたものです。 >

プロジェクト紹介at REDCUBE

redcube

VOID chicken新刊7号発刊を記念して、 夏バテ気味の東京のアートシーンに一風の涼しい風を感じてもらいます。
フリマ参加の作家同士の交流と、特別企画として若手作家のアートプロジェクトの記録ビデオの上映とトークを行います。

ボスニア内戦の傷跡がまだ生々しいサラエボで、どのようにプロジェクトは進んでいったのか…。

今年もサラエヴォでのプロジェクト開始、日本からもメンバーがサラエヴォに出発していきました。僕は今年は日本にいるのですが、VOID chicken 企画のイベント第2部においてサラエヴォでのプロジェクトについて話をさせていただきます。

第1部と併せてよろしくどうぞ。みんな知ってる昭和40年会、グラインダーマン、P3 & art environment などバラエティ豊かなメンツでお迎えいたします。僕は、「slow food」DVD、SICEのカタログ(2003)など売りますので是非!

< この記事は以前"Web of Activities"に書いたものです。 >

SICE サイト公開!

sarajevoice.jpg

SICE ウェブサイトできました。ティノ制作です。
http://www.sarajevoice.com
こことは大分違う雰囲気です。作る人間が違うとこうも違うものか...
注:Safariやツールバー、アプリケーション等で「ポップアップをしない」設定になっていると見れませんのでよろしくお願いします。

< この記事は以前"Web of Activities"に書いたものです。 >

SICE2003 Document

ずっと滞っていた「SICE 2003」の活動の記録ドキュメント、ドイツのメンバーが作っていた英語版が完成した模様なのでそれに合わせて、こちらでも制作に取り掛かり出しました。

今月中には仕上げたいと思いますが、部数の関係もあり、見ていただける方は限られます(ごめんなさい)。とにかく第1回目にはケリをつけて次に進みます。

そっちの原稿が出来次第このサイトでもそれぞれの簡単なレポートを載せていきます。

< この記事は以前"Web of Activities"に書いたものです。 >

サラエヴォ TAXI

sarajevo_taxi.jpg
サラエヴォは観光で中心部をまわるだけであれば、タクシーもトラムも使う必要は無い。それだけ中心となるCENTARというエリアは狭い。一ヶ月もサラエヴォにいれば、その辺を歩いているだけで知り合いや、見たことある顔に何度も何度も会う(本当に)。

ただ、せっかくのサラエヴォなんだからそれだけではつまらない。見るべきところはまだまだある。トラムや、バス、トローリーも使えるけれど、あなたがもし裕福な国「日本」に住んでいるならば、タクシーをオススメする。こっちのタクシーは日本に比べると驚くほど安い。初乗りは2KM。英語はあまり通じないし、こっちのボスニア語の発音が悪いせいか、目的地が伝わりにくいこともあるけれど、そんなタクシー内でのやりとりも旅の面白さの一つでは?「右に曲がって」、「まっすぐ」などの簡単なボスニア語だって教えてもらえる。

実はタクシーを薦めるのは、そういう意味だけではなくて、トラムやバスに乗った場合、日本人(アジア人)であるあなたは、くだらない嫌がらせに不愉快な思いをすることがあるからでもある。その体験も日本では決して味わえないものだから一度はしてもいいかもしれないが。

サラエヴォの食生活その3

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チェバピにはいくつかヴァリエーションがあります。ナンの代わりにパイ生地で包んだ"ブレク"、ちぎって丸めずに薄いハンバーグ状にした"ピレスカヴィッツァ"、ブレクの肉の代わりにちょっと癖のあるチーズを入れた"スィルニッツァ"などです。これらはどこでも食べられます。

後、ポピュラーな食べ物といえば、どこに行っても定番のピザ。サラエヴォでも普通に若者はみんな食べますが、チーズがモッツァレラのようないい物ではないのでイタリアで食べられるようなものにはもちろんかないませんが(ボスニアはイタリアにわりと近い)、日本の具の多さでごまかしているだけのものよりは幾分かましだと思います。

サラエヴォのような都市部のカフェやレストランでは以外に見つけにくいのですが、"ボザンスキ・ロナッツ"という肉じゃがに似た煮込み料理もあります。こちらはホントに肉じゃがに近い感じで野菜とやさしい味付けで暖まる家庭料理です。

外食をしていると肉ばかりに偏りがちですが、サラエヴォは野菜も安い!例えば、トマトは1kgで0.8KM(52円)くらい、他にも玉ねぎ(小さくて強烈)、パプリカ、ズッキーニなどなんでも日本に比べ格安で手に入ります。ちょっと変わった食材であっても外人向けの大型スーパーに行けば、値段はそこそこしますが大体手に入ります。

続く...かも。

< この記事は以前"Web of Activities"に書いたものです。 >

サラエヴォの食生活その2

こんなもの食べました@ボスニア・ヘルツェゴビナ

■ボスニア・ヘルツェゴビナの食事
スラブ系の料理、トルコ系の食事(15世紀半ば〓19世紀後半までオスマン・トルコ帝国の支配下だった影響か)、が郷土料理となっている。

さてボスニア・ヘルツェゴビナやクロアチア、セルビアなどの人々に「サラエボに行く(行って来た)」というと、「チェバピが美味しい(美味しかったでしょ?)」と「チェバピ食べなさい(食べた)」は挨拶言葉。
チェバピはファーストフード的な位置づけであり、ボスニア・ヘルツェゴビナの代表的な食べ物。なおボスニア・ヘルツェゴビナにはマクドナルドはありません(2003年5月現在)。
チャバプチチ cevepcici(サラエボでは“チェバピ”といいます)。

お宝発見!体験型異次元空間にもあるようにサラエヴォでの一番ポピュラーな食べ物はチェバピと呼ばれるものです。

チェバピ

ちなみにマクドナルドはありませんが、バーガーキング(HAMBY KING)は2件あります。ツケあわせとして生のたまねぎを刻んだものがたいてい出てきます。オプションでヨーグルトをつけるのが正しい食べ方です。焼いたパプリカを合わせるとさらにグッド!僕はこれ好きなのですが、周りはみんなすぐ飽きていたみたいでした。
サラエヴォでハンバーガーを頼むとこの肉をパンにはさんであるだけで、なんら変わりません。しかもこのパンがでかくておいしくないので、地元の人でも全部食べずに捨てています。
続く...

< この記事は以前"Web of Activities"に書いたものです。 >

サラエヴォの物価

ちょっとサラエヴォの物価についてまとめてみます。
通貨:KM (ユーロと完全に対応していて価値は半分)ちなみに現在のヤフー外国為替情報によると1ユーロ=125円なので、ボスニア通貨KMでは62.5円ということになります。

コーラ・ファンタなどのソフトドリンク 500mlペットボトル -- 1.5KM
ミネラルウォーター 500mlペットボトル -- 0.8KMくらいから
カプチーノ(カフェで) -- 2KM
ビール(カフェで) -- 3KM前後
ビール(スーパーで 330ml缶) -- 0.8KMくらいから
マルボロ -- 2.8KM
ドリナ(DRINA ボスニアの煙草) -- 1~1.5KM
ジェラート -- 0.5KM
ワッパー(バーガーキング) -- 3KM

ポストカード -- 0.5KM
インターネットカフェ 30分 -- 1KM
バス、トラム 1回券 (キオスク) -- 1.2KM
バス、トラム 1回券 (運転手から) -- 1.5KM

中華料理店でランチ -- 5~7KM
しょうゆ 200ml -- 8KM

< この記事は以前"Web of Activities"に書いたものです。 >

サラエヴォの食生活その1

サラエヴォはボスニアの中でも「ムスリム」と呼ばれるイスラム教徒が特に多い町で、彼らは基本的には豚肉とアルコールが禁止されています。豚肉は実際レストランでも、スーパーでもほとんど見かけることはないのですが、アルコールに関してはそこまで戒律を守っている人ばかりではなく、まあ普通に手に入ります。というか、"Sarajevska Pivo"というようなビールをつくっていたり、「ラキヤ」という果実からつくる蒸留酒もあります。
ビールは"pivo"、その"Sarajevska Pivo"の他に、ハイネケン、TUBORG、Barvarian、ギネスなどが楽しめます。カフェ、レストランではグラスで150円から250円程度、スーパーでは330ml缶で50円くらいからです。
コーヒーは「ボザンスキ・カファ」という粉ごと煮立てるものが有名ですが、実際に普通に飲むものはエスプレッソやカプチーノです。カプチーノはカフェで120円くらい。
ミネラルウォーターはスーパーにて500mlで55円くらいからです。

続く...

< この記事は以前"Web of Activities"に書いたものです。 >

サラエヴォの友人/また来年

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ついにサラエヴォ出発。到着した時建て始めていた近所の家もどんどん出来上がってきている。大人の男達はみんな上半身裸で朝から働いている。そして今日も何も変わらず陽射しはとても強く、暑い。

ティノ&ミヒャエルに空港まで送ってもらう。ベヒコ&アデラ&シェイラ&アディスともお別れ。

サラエヴォ空港は清潔だがとても小さい。バーのビールは外に比べかなり高い。

p.m.3:05 予定通りサラエヴォ・ブトミル空港出発。

p.m.3:52 ブダペスト着。空港のショップにてトカイワイン、ウニクム、フォアグラなど買うが2年前来たときに、ブダペスト市内で買ったときに比べやはり高い。フォアグラの缶詰なんてスーパーで嘘みたいに安かったのに。本当は今回もブダペストに滞在したかったのだが...また来るとしよう。

p.m.6:12 ブダペスト発。

p.m.7:37 ローマ着。パスポートコントロールが厳しいというか、手際が悪く、1時間以上待たされる。もう2時間も待っているという人もいた。9時をとっくにまわった頃、インフォメーションにて安いホテルを紹介してもらい、10時半頃やっと着いた。

和平安定化部隊 SFOR の病院に入院

昨夜(というか今日未明)和平安定化部隊"SFOR"のドイツ野戦病院に運ばれた大地君の様子を見にティノ、フィリップとSFORまで行く。さすがに中に入るにはチェックと確認が多い。病院まで、施設の中を少し見る事が出来たが、軍事施設なのでさすがに撮影は遠慮した。大地君は今日退院するのは無理だが、明日なら出れるかも知れないということなので、明日の午後またティノが来る事に。入院費の900KMを立て替える。

昼、Bowling Alleys をハッセルで撮影し、ランチを食べようと大通りに出ようとしたところ、まだ残っている3人と粟田君たち3人とにばったり遭遇。サラエヴォは小さい町なので良く知っている人に会ったり、見かけたりする。

またスーパーの肉売り場に仔牛の頭を見に行くと、売ってなかった。店員が覚えていてくれて、"ごめん、今日は頭置いてないんだ、明日ならあるよ!"といってくれ、何だかうれしかった。

ベヒコ宅と家族を記念撮影。日本にもって帰るシャベルを梱包。

サラエヴォ最後の夜は残っているみんなでお気に入りのイタリアンレストラン"CURRY"にて食事。ここはサラエボ、クロアチアで一番うまいと思っている。

来年に向けてのミーティング

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朝から昨日のミーティングの続き。みんな来年以降のことにやる気は満々だが、話しはまとまらない。

郵便で送るための荷造りをして、掃除。その後、外出。今日も暑い。

プロジェクトもミーティングも終わるともうサラエヴォですることが別に無くなってしまい、無気力になってしまう。

centar で倒れてから寝込んでいた大地君の体調が全然良くならないので、深夜急遽車で病院を探す事に。

起きたフィリップに寝袋を借りてやっと少し眠れる。

午前中はそこのレストランの子達とバレーボールのリレーをして盛り上がる。カウントを英語、フランス語、日本語、ボスニア語で。一番長く続いたのは日本語のときで26回。

オランダ人4人とフィリップは裸で日向ぼっこをしながら、碁をさしている。

その間、残りのメンバーで、プール、絶景ポイントまで出かける。

帰りのバスステーション近くのレストランにて5時頃遅い昼食。値段は高めだが、猿、孔雀、犬に猫とガーデンに沢山いてなかなかにぎやかな面白い店だった。坂田君は年齢こそ違うが、誕生日が同じ!話をしていたらまたバスを乗り過ごす。(何度目?)

日本からの(うれしい)刺客?

部屋を掃除。キャンセル待ちをしていたローマまでのチケットが取れた。

夕方からまた、滝のある山まで行くことになる。紆余曲折を経て夜11時過ぎにどうにか辿り着く。(1.バスステーションを間違える 2.バスに乗り遅れる 3.タクシーで途中まで向かうが、運転手が2,3度道を間違える 4.街灯なんてもちろんない山道を2時間弱ほど歩いて登る)

辿り着いてすぐ、ティノとミヒャエルと彼らが町であっら日本人3人(粟田君、坂田君、可奈子さん)が新たに到着、合流する。粟田君は僕らのプロジェクトの事を知っていてそれで展示を見に来てくれたらしい。そういうのってうれしい。寝袋を持っていないので、眠くて寒くて寝れず、明け方くらいまで苦しむ。

昼間、オスロボジェーネ新聞社~バシチャルシア少し先のトンネルまで。戦時中の東西の前線だったところ。オスロボジェーネ新聞社も今では改築を進めて新しくきれいにしている最中。

オープニングパーティは不安もあったが、メディアに、近所の人に、プロジェクトに協力してくれた人達とたくさんの人が来てくれて結構盛り上がって良かった。こっちで用意した中華料理も"チャイニーズ"と言う事で最初は敬遠していた人も多かったが、みんな食べてそこそこ満足したみたい。いろいろなレベルでコミュニーケーションもとれてなかなかの成果。

ホリデイ・インのカフェにて1ヶ月いて初めてボスニアのオリジナル・スウィーツを食べる。全粒粉のパイの中に胡桃が入って、シロップをかけた物。美味しかったが名前は覚えられなかった。

アクセスではビールを飲みすぎる。1時過ぎ、アクセスから帰る際、オランダ人達とサンと途中の高層住宅の最上階まで潜入してみる。エレベーターのボロさが怖い。

搬入日

搬入、展示。イメージしていた壁面のスペースと少し違って締りが悪い。満足のいくインスタレーションになっていないので絶対日本でリベンジ。

フィリップが折り紙にすごいはまっていて、テキパキ準備したりとうきうきしている。

サンは作品として、マッサージをしているところを取り上げている。そういうのは外国人受けするみたい。

岩井君が帰国。

ボスニアの激流下り

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朝から"RAFTING TOUR"。フィリップ、エロディーらとバスで出かける。高低差のある"激流"と呼べるところはあまり無いが、自分達でパドリングをして水のきれいな川を下っていくのはなかなか楽しい。川の上流の方は水をそのまま飲めるし、服のまま飛び込んで泳いだ。久しぶりにクロール、バタフライ、背泳ぎなどする。川の流れに逆らってはさすがに進めない。昼は川原で肉、パプリカを焼いてナンではさんで食べる。渓谷は、ありきたりな言い方だが自然の造形のすごさを思い知る。人の手があまり入っていない自然の中に入っていくと、国の違いはどんどんなくなってきて、中国にいるようにも見えてくる。

明日、搬入のため準備。環境が環境なので万全のインスタレーションにはならないのが悔しいが、そこは仕方ない。実際の作業はしてきたが、プロポーザルという形で出す事にする。日本に帰国してからの展示では"プロポーザル"を外して作品とするつもり。

お湯が出るのをずっと待っていたが、いつまでたっても出ないので、3日ぶりに冷水でシャワーを浴びる。サラエヴォの水道水はなぜか他の国より冷たく感じる。ドイツ人たちの間では冷水でシャワーに入る事を"サムライ"と言う。こっちの人はちゃんとシャワーに入っている人でも体臭がとてもきつい。どうしたらそんな匂いになるのか不思議なくらいだ。チェバピのせいか?

サラエヴォ・フィルム・フェスティバル最終日。結局1本も見ずに終わった。centar の会場辺りの雰囲気を少し味わった程度。見たいものもあったが人気ある作品はチケットがすぐ売り切れるので入手できなかった。

3週間ぶりのエディンと、ダミエル、エロディー、草平、大地君とcentar まで飲みに行く。エディンはダミエルや他のボスニア人と違って機転の利く面白いキャラなので、ボスニア-ドイツ、ボスニア-東京間のビジネスを立ち上げよう!なんて話で盛り上がる。

家に戻ると大マッサージ大会になっている。東洋式のたたくマッサージだとか、肩叩きの唄がサンやフィリップには面白いらしい。

ジプシーの子達の笑顔

ドイツ人達もどうやら今年と来年以降のプロジェクトに長期的に関わるやる気を見せてきた。カタログ、ドキュメントは終了後エロディーとウィレムがまとめるようだ。

岩井君の巣作りを手伝っていたら、ジプシーの姉弟が興味を持ってやってきた。金はあげなかったが、ゴミを集めてくれたり手伝ってくれた。いつも悲しそうな顔をしている彼らの笑顔を見たのは今回初めてだった。

上松と一緒に2時間ちょっと作業。

骨を掃除し、また焼く。

午前中、ローマへの飛行機のチケットを旅行会社に調べてもらうが、8月いっぱいフルなので、31日のブダペスト経由ローマ行きの便をキャンセル待ちのリストに載せてもらう。

昼食はまた中華レストランのランチ。7KM。ウェイトレスのボスニア人の女の子が前歯抜けていてかわいい。本人はとても気にしているらしく、あまり口をあけないようにしゃべるところとか。

ティノとミヒャエルにもらった牛の足を料理。ビネガー、にんにく、生姜、玉ねぎ、塩、オレガノ、胡椒、チリ、醤油。ホット&サワーなアジアっぽい味に。なかなか好評。

炎天下での作業

昼食をはさんで2時間ほど作業。炎天下の下で暑さはきついが仕事はわりと進み、手の入っているところと、いないところの違いは視覚化できてきた。ただ地面自体が土というより石という感じなので、作業にきりが無い様に感じもする。石を拾い、掻き出し、均しても次の石がどんどん出てくる。その辺の無謀なところもうまくビデオを編集して出てくればいいが。サラエヴォにいる間には機材や時間の事で出来ない分も含めて展示、インスタレーション方法についてのイメージは少しずつ出てくる。

日中炎天下の中に長くいると、一日全身がだるくなり、動くのが億劫になる。昼寝もするようになった。

BUREKもいい加減飽きてきたかも。しょっぱい。チェバピのほうがジューシーな分だけうまい。

午前中から天気があまり良くないと思っていたら、昼過ぎから久しぶりに雨らしい雨になる。

夕方から自分の work へ。今日は、坂根さん、大地君に石拾いを手伝ってもらったので、見てわかるくらいに進む。しかし、夕方は意外と人通りも多く、結構注目を集めてしまったので、毎日続けるのは少し時間帯など考える必要がある。

上松が地雷が埋められているらしい危険地帯にて作業をしようとしていたところ、ダミエルに発見され、命の危険について厳重に注意を受ける。ずっとサラエボにいて当たり前になってしまっていることで、その辺の危機意識は甘くなっていたかも知れない。

ボスニア・ヘルツェゴビナのナショナル・ギャラリーを見る。どこかで見たような作品も多いのだけれど、ペインティングからインスタレーション、ビデオインスタレーションなど幅広く作品は揃っている。好きな作品もいくつかはある。新しめのペインティングにいいものがあった。

全裸で出発?

a.m.5:30 から岩井君のビデオを撮影。全裸で家からの出発なので、早朝にゲリラで決行。昼間みんな相当にヒマそうなくせに早朝から歩いている人や車が多くてカメラを構えている方も緊張する。服の形に全然なっていない状態の時は本当にやばかった。途中近所の通報により警察に事情聴取される。パスポートの提示も求められたが、持っていず、住所を聞かれたりと一時は"逮捕"、"強制送還"も頭をよぎったが、危害を与えるようなものでないと気づいてくれ、最後はフレンドリーに記念撮影もして別れた。その後 centar までどうにか辿り着き、終了。

ジャンク・マーケットにて大きいシャベルなど道具を購入。全然英語通じないので、こっちも普通に日本語でやりとりをする。その後岩井君の針金と角材を探しに2,3件はしご。

制作開始

"Sarajevo Bowling Alleys"開始。自分でたてたプラン、選んだ場所ながら、かなり無謀な途方もないプランだという事を身を持って知る。暑さ、陽射しの強さがハンパじゃない。大きい石を拾い、取り除き始めるがきりがない。土もカラカラで石のようになっているので本当にフラットにできるかどうかかなり疑問。だがずっと動いている映像をうまく編集したり、時間かけている内にだんだん平らに近づいていく感じがわかれば、一人で過酷な作業であがいている感じが出れば面白くなるかも。ただ、サラエヴォにいる間はじっくり編集できないので"access"での展示はまだまだ考える必要あり。

サングラスなくした。この国では少しの時間でも忘れ物をすると、まず確実に出てこない。親切にとって置いてくれたり、届けてくれる事はまずない。何をやっても目立ちすぎるのにうんざり。

「髪」の字の構成

a.m.3:52 サラエヴォ バスターミナル着。サラエヴォを空けている間にサラエヴォ・フィルム・フェスティバルがスタート。日本からの参加作品を見逃す。サンと大地君が合流していた模様。

ウィレムに漢字の意味、成り立ちの話をしていたら、かなり驚いていた。自分でもあらためて確認してみると面白い。「髪」は、長い・水の・友だとかね。

サラエヴォ、ボスニアに限った事ではないが、不愉快な奴は必ずいる。我々に理解を示してくれ、よくしてくれる人たちがいるだけなおさら、怒りとともに失望を感じる。コミュニティに本当に入り込もうとする事は難しく、精神的にとても疲労する。

p.m.10:30 バスにてサラエヴォを出発。クロアチアはドブロブニクに向かう。2時頃国境でのパスポートチェックに引っかかり、いくつか質問を受ける。列車で入国する際にボスニア側の担当官がスタンプを押さなかったのでその辺が引っかかっている模様。

昨日の取材がうまく編集されてニュースの中で放送されていた。1日5回流れるらしい。

今日は特に外出はせず、牛肉を煮込むのと、坂根さんのワークショップの記録、昼のスパゲッティのためのソースつくりなどをする。仔牛の頭は鍋に入りきらないのではみ出てしまっている。

1日煮込んでいると、肉はほとんど柔らかくなって骨離れがよくなっている。脳も試食する。白子に似た食感。羊の脳に比べるとあっさりとしている。にんにく、パプリカ、玉ねぎに赤ワイン、バジル、オレガノ。

今日は満月。東京よりもちろん月も星もクリアーに見える。あまり詳しくないのでどれが何の星座かわからないのが惜しい。カシオペア座らしき星群はわかった。サラエヴォは二手の山に囲まれた(挟まれた)町なので、実は夜景もきれいなのだ。

深夜まで煮込んでいると、さすがに頭の骨も継ぎ目からバラバラになってくる。少し前までは牛の頭部の形を残していたものが、はずれてくるとただの骨と肉になる。人間にしてもそうなのだろう。一つの存在だとか、命だとかそれは大きいものだけど同じくらいもろくてあっけないもの、そんな感じがした。

プレス・カンファレンス。

centar の本屋にて"FAMA"のサラエヴォ・サヴァイヴァルガイドを発見、購入。激戦地マップも。スーパーにて仔牛の頭を買う。皮を剥いだだけで、眼も睫も舌もそのまま残っている。

5時過ぎから岩井君と草平に手伝ってもらい、仔牛の頭の解体を始める。撮影もする。もちろん3人とも初めての経験で、思ったようにはバラせない。自分が食べるものを自分でバラす事は簡単なことではないが、見たくない部分、汚い部分をしっかりと確認、体験するというのはとても意味のあることだと思う。誰かがいつもやっているのだから。

一緒にいるドイツ人達には直接は見せないようにしていたが、バラした後にオーブンでじっくり焼いてから食べた肉塊や映像にかなりひいていた。誰にとっても刺激の強い、ショッキングなものであるのは確かなのだが、それの受け止め方は日本人とドイツ人でかなり違う。ベジタリアンだからだとか、捕鯨がどうとかも出てくるが、論点の違いをものすごく感じた。

作品の形にするかもしれないが、形態だけでなく場所や影響も十分に考える必要はある。子供達に無理に見せたいものではないから。

いつも通らない川沿いの遊歩道を歩いている途中、ボーリングレーンにふさわしいロケーションを見つけた。新しいMUSEUMを建設するための土地らしいが、予算の都合か囲いもせずに放っとかれているので、勝手にそこに自分のプロジェクトを展開する事にする。レンゾ・ピアノの事務所がどうやら関わっているらしい。荒れ具合もよく、十分に広い。ただ直射日光がきつい。

p.m.4時過ぎに、草平、ダミエルがプロジェクトを代表してTV出演。リビングにてみんなで見る。プロジェクトについて簡単なインタヴューを受ける。 8時からミーティングだが、時間通りに集っているのはダミエルと日本人だけ。そのせいで苛立っているダミエルにこっちも不愉快になる。日本の便利さ、何でも揃う環境からあえて1ヵ月離れてみるのも悪くないかなと思っていたけど、あまりそうでもなくなってきた。

サラエヴォからオロヴォへ

フィリップ(医学専攻)が毎朝やっているヨーガ5ポーズを教わる。庭の芝の上でやると気持ちいい。みんなが覚えられるようにポーズと動きを芸大組が図にしてリビングの壁に貼る。

6時頃から車でダミエルの実家のある Olovo へ。1時間強くらい。"FESTIVAL FOLKROLO OLOVO"というのをやっていて小さい町だがかなりの人が集ってきている。全然小さい町なのでサラエボ以上に日本人は珍しいらしく、じろじろ見られたり"キナ"、"チャイニーズ!"と言われる。ここでも子供達は好奇心に素直なので、すぐに打ち解けて仲良くなった。

ダミエルの家でママの手料理をごちそうになる。ボサンスキ・ロナッツ(肉じゃがをスープにしたような感じ。やさしい味。)、ヨーグルト、ブルーベリーとクリームチーズを混ぜたものなど。サラエボの街中みたいに肉料理ばかりではなく落ち着く、栄養のバランスの取れた、日本人にもなじみやすい食事でとても美味しかった。ごちそうさま。

オロヴォは激戦地だったらしく、ダミエルの家の壁にもたくさんの銃弾の痕がある。周りには破壊されたままの家や建物がたくさんある。

みんなと朝食や出発のタイミングを合わせていると家を出るのが昼になってしまうので、9時過ぎに一人で出かける。旧市街バシチャルシアの方から少し丘の上の方へ上る。墓地。宗教の違いだろう墓碑の形のタイプが大きく2種類ある。その後、丘、高台を歩く。なんだかわからないけど、いい大人が何をするでもなく道端にたむろしている。一人でそこを通るのは少し怖い。

昼はバーガーキング(HAMBY KING)で、ワッパー&ヨーグルトを買って家で食べる。サラエボにはマクドナルドはない。

ドイツ人2人ティノとミヒャエル増える。

自然公園

7人くらいで中心部から大分離れた山のふもとへ。自然を見せる感じの公園になっている。馬車、温泉なども。ただ、人間の手が入りすぎ。一日のんびりして過ごす。昼は久しぶりにチェバピを買って食べる。マスタードとパプリカがよく合う。なかなかうまい。

人数が増えて部屋が狭くなってきたので食事とかかなり大変。電気コンロは弱いし、準備に時間かかるし、早く始めないと優先権の争奪が激しい。

プロジェクトのタイトルもほぼ決まり、ポスターデザインも固まってくる。

一番欲しいのは、英語力

a.m.11:00 過ぎからメンバー全員でミーティング。プロジェクトのオフィシャルなタイトルを決める事、各自の現時点でのプランを発表。タイトルは結局決まらない。こういうちゃんとプレゼンしないといけないときは、自分の英語力不足を痛烈に感じる。

午後、大きいショッピングセンターに行って、道具や資材をチェックする。こっちでも金さえ出せばいろんなものは手に入る。ただドイツなんかの他の進んでいるヨーロッパの国と値段はそんなに変わらない。サラエボの普通の人たちは買えるんだろうか?

サラエボでやるプロジェクトがまだピンと来ない。日本で考えていた"Sarajevo Bowling Alleys"ももちろん考えているんだけど、サラエボに実際に来たからこそひらめいたプランが欲しくもある。まだ一週間くらいだから無理に決める必要はないが、少しあせってきてもいる。何か面白い事ができるだろうか?

オランダ人がシャワーに入ってる

p.m.1:30 にみんなで exhibition を行なう"ACCESS"に向かう予定だったが、ドイツ人達も日本人の女の子達も全然動き出そうという気がない。みんなスタートが遅い。

ぶらぶらした後、一人で8時くらいに帰ってくると近くでかくれんぼしていたシェイラとセルマが家まで先導してくれた。

食後、ドイツ人達とお互いの言葉を練習しながら盛り上がる。ウィレム(オランダ人)がかなりテンション高くて面白い。この前の時に教えたらしく"アイーン!"とか"ギャフン!"とか"助けてー!オランダ人がシャワー入ってる!"なんて言ってる。笑いすぎておなか痛い。

街を歩いているとたまに中国人に間違えられ"キナ!"と言われる。そして中国人に対してはボスニアの人の反応はかなり冷たい。SARSの事もあるだろうし、共産主義のこと、難民の事とかかなり根深い問題が潜んでいる。

引越しお披露目パーティ

その電気の問題で近所のブレーカーが落ちたりと、地主の人と少しもめているらしい。ベヒコの家族だけお金をもらっている事への嫉妬もあるようだ。ボスニア後なので全くわからないが、かなり厳しい事を言われているらしい。これは日本人のうちらだけでなく、ベヒコの家族にも降りかかる問題なので、しっかり対処しないといけない。

夜、近所の人や日本大使館の人などを招いてパーティをする。肉じゃが、たこのから揚げ、ほうれん草(?)のおひたしなど。(そのために食材、調味料を用意しなくてはいけなかったので市内の中華料理店でランチを取りながら、坂根さんが中国語でいろんな話をしながら、干し椎茸、しょうゆ、味の素、割り箸などをただでゲット!謝謝!)

みんなに箸で食べてもらいたいので渡して挑戦してもらう。子供たちは"のみこみ"が早く、もう上手に使える子もいる。

デジカメで子供たちの写真を撮ってあげると、みんな集ってきて大盛り上がり。こういうときにデジカメは撮ったその場で見せられるから便利。ずっととっているときりがなくなってきたがたくさん撮った。

博物館、市場、ブレイカー

博物館結構面白かった。ボスニア語で何が書いてあるのか全然わからないし、特に珍しいものがあるわけでは無かったが、博物館の展示形態のこととか、経済的に苦しい苦になりの博物館維持・管理の事とか興味深い事が多かった。(特にサラエボだけに限った事ではないが。)

昼は中華。ヨーロッパに来てから、ほとんど野菜を摂取できないから、中華料理を食べると落ち着く。(プラハ、ヴェネツィアでも食べている。)

昼過ぎ町の中心部まで出ると、普通に人通りの多いにぎやかな町並み。でも、「恵んでくれ!」という子供や老人が多い。

3時過ぎにケバブみたいな肉料理とヨーグルト。(ブレクとかチェバピとかいろいろあるみたいだけど違いはよくわからない。)

雨が結構降ってくる。ヨーロッパ来てから雨らしい雨は初めて。

日本人が歩いているとやはりかなり珍しいらしくみんな注目するが、親切な人は親切。

ダミエルは熱心なムスリムなので、なるべく1日5回お祈りをするし、ビールは飲まないし、豚肉は食べない。

夜、市内から15kmほど離れたホテル"AQUA"にあるクラブのパーティに草平、岩井君と行く。草平が知り合ったボスニア人2人の車にて。サラエボではあまりクラブの楽しみ方がわかってないだろう事もあって、"カラオケ"タイムばかりずっとやっていたりいまいち盛り上がりに欠ける。DJもどうやらいないらしい。岩井君と2人でぶりぶり踊って完全にフロアーの主役になった。毎週顔を出したら有名になるだろう。まだ残っていたかったが、3人が帰るというので3時半にはアクアを後にする。途中屋台でハンバーガーを買って食べるが、1.5KMと安いのはいいが、パンがかなり大きくて食べるのがかなり大変。サラエボ人の2人も食べないでちぎって捨てている。驚き。

とうとうサラエヴォだ

a.m.6:07 ザグレブ(クロアチア)着。サラエヴォ行きの電車まで3時間弱あり。周りの人の顔がもう全然違う。BUREKなるものを食べてみる。パイの中に挽肉が入っている。

a.m.8:58 ザグレブ発。同じコンパートメントで一緒になったカップルの男の方が何時間もひたすら彼女の耳元にしゃべり続けている。こんなによく話す男は初めて見た。

p.m.5:58 サラエボ(ボスニア・ヘルツェゴビナ)着。長い道のりだった。郵便局で両替をしていると早速、戦災者らしいおばあさんに会った。

TAXIにてアパートメントに向かうともう管理人の家族とダミエルが迎えてくれる(岩井君も合流)。草平がなかなか来ないのでダミエルがとても気を使ってもてなしてくれるが、電車での長旅で疲れている事もあってかなりいっぱいいっぱい。やはり観光地でお店の人やホテルの人などを相手にしているのと比べ、言語の問題は精神的な疲労が違う。

草平とドイツ人二人(フロー、シビル)到着。

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