タグ: 90’s

  • 1995年のフルクサス

    Studiovoice9504右は雑誌「STUDIO VOICE(発行INFAS)1995年4月号で特集は『フルクサス発 -インターメディア・アートの出発点から』。室井尚のテキストから中村さんによるザ・ギンブラート&新宿少年アートのレポートまで内容はとても充実している。95年といえば、日本のインターネットはまだ黎明期。「教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書」の年表より当時の参考になりそうなトピックを抜き出してみると、

    1995(平成7年)
    01/01 日本IBMのウェブサイト開設。
    01/26 富士通「Info Web」のウェブサイト開設。
    03/02 米「Yahoo!」開設。
    03/20 オウム真理教による地下鉄サリン事件。

    という年。一部の大学や企業にいる人を除いて多くの人はインターネットに直接触れてなかった頃だ。この号の冒頭で室井尚はこう書いている。

    ハーモニアスな感覚統合しか目指さない「マルチメディア」や、等質なシステムの上に構築された「インターネット」が今の話題の中心である。だが、そこはフルクサスの「インターメディア」がもっていた大事なものが抜け落ちているような気がしてならない。あらゆる異質なジャンルの中に新しい組み合わせを作り出すこと、出会いを作り出していくこと、要するにハイブリッドでルートを欠いた軽やかな(そしてブルトン的な意味で「痙攣的」な)知をディジタル・メディアの中に導入していくことが必要なのである。その意味で今時代はフルクサスなのだ。

    ディジタル・フルクサスに向けて(STUDIO VOICE Vol.232 1995年4月号) /室井尚

    初めて「フルクサス」と名付けられたコンサートが開かれたのが1962年、インターネット黎明の1995年、そして現在。インターネット状のコンテンツがどんどん拡大していく2006年に、一体フルクサスから何を学べばいいだろうか。

  • OMAR(大福)

    omar.jpg

    This is not a love song
    オマー。”FOR PLEASURE”より断然こっちのが好き。声も曲もみずみずしい。これにもふと流れてくるとうれしい1曲がある。”Say Nothin’ (featuring Ol’ Dirty Bastard)“。フィーチュアされているのはもちろんウータン・クランのあの人。Ol’ Dirty は人の曲のが生き生きしてるときが多い気が。もちろん、あの衝撃のファーストを忘れているわけではないけれど。

    97年。やっぱりこの頃の曲が基本的に好き。

  • The Pharcyde の2枚

    pharcyde1.jpg  pharcyde2.jpg

    Bizarre Ride II the Pharcyde,  Labcabincalifornia
    夜作業している時、HDD内の曲が大体ランダムに流れているんだけれど、そのうちの半分以上を占める90年代のヒップホップの中でいつもかかる度に胸を締め付けられるような、ハッとする曲が2曲ある。それが The Pharcyde の”Passin’ Me By“,”She Said” の2曲。当時からもちろん好きだけれどいつ聴いてもやられてしまう。琴線に触れてくる数少ない内の珠玉の2曲。

    もう一般で完全に市民権を得ているリップスライムも出て来た時からずっとそのカラフルさからファーサイドをずっと引き合いに出されてきた。実際彼らもファーサイド大好きなはず。ヒップホップはヴァイオレントでマッチョなだけのものと思っている人にはぜひ聴いてほしい。