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  • パトリシア・ピッチニーニ WE ARE FAMILY

    「パトリシア・ピッチニーニ WE ARE FAMILY」展、東京は品川、原美術館にて。
    今年のヴェネツィア・ビエンナーレで注目を集めたオーストラリアの作家の巡回展というか、報告展。

    「心を掻き乱す」ほどの精緻なリアリティで作られた異形の生物のインスタレーションにて、「現代の医化学に対する畏れと警鐘を」扱っているピッチニーニだが、この夏のヴェニスで公開されたものと内容自体は全く一緒。ビエンナーレの金獅子賞審査の時にも引っ掛かったらしいのは、作品のスタイルとして似通っている作家がいるということ。これはロン・ミュエクのことなんだけれど、ロン・ミュエクは実在の人間を扱っているけれど、サイズを操作している。また、「染色体についての倫理的な問題」という理由で賞の候補から外れたMichal Rovnerとも共通項があると思う。
    作品のその妙なリアリティについては実際見てもらう他ないんだけど、僕にはやっぱりリアリティは感じられなかった。

    もう一つ気になったのは、作品を近くで見るために靴を脱ぐことを強要されること。ヴェニスでは靴を脱ぐ必要がなかっただけ、ちょっと違和感を覚えた。

    < この記事は以前"Web of Activities"に書いたものです。 >

  • この40日で思うこと

    帰国しました。この40日ほど、サラエボでのプロジェクトを中心にヨーロッパをいろいろ見て回ってきていろいろ濃い経験をしてきました。日本を相対的に見ることもできたし、帰属と関係ない自分個人のこともいろいろ考えれたかな、と。まだ頭が時差ぼけというかいろんな情報を完全に処理しきれてなくてこっちに戻ってからは何もして無いけど、いずれその事をしっかりとまとめようと思う。日本を出る日から帰る日まで日記も欠かさず書いていろいろメモしてるしね。

    一つ感じた事を例に出せばやっぱり民族的なこと、宗教的なこと、人種的なことの問題というのは何をするにしても大きいということ。サラエボで生活をしているとそれを痛感せずにいられなかった。静かな中にも見え隠れするムスリムとセルビア人との確執。そしていろいろなレポートから無視をされ続けるジプシーたちの存在。そして難民がらみの問題やSARSの事で悪感情をもたれている中国人。中国人と見た目で区別できないので一緒にされる日本人たち。もちろんプロジェクトの中でだって価値観の差を痛感させられた。ドイツ人、オランダ人。もちろん個人個人それぞれで違うので全部同じようには言えないのは当たり前だけど、それはもっとお互いの理解が進んでからの事。日本人には日本人に共通の価値観、似た思考の傾向があって、クリスチャンには彼らの共通思考回路がある。どうしてもそれからは完全に逃れる事は出来ないと思った。

    (さらに…)

  • ナヴィゲーションの不親切さ、全体のレベル

    ベネツィア・ビエンナーレは今回初めてだったわけだが、「こんなものか」というのが正直な感想である。もちろん挙げたような興味を持った作品、面白い作品なども数多くあったわけだが、上の3会場の他のパヴィリオンなども含めてレベルはあまり高くなかったように思う。新作ばかりでない事をはじめて知った。もう既にみんな知っている評価の定まっている作品も多かった。会場外のパビリオンを回りたくてあちこちに足を運ぶが道に迷ったりしてたどりつけない。パンフレット、カタログのマップがとても不親切。

  • べネツィア・ビエンナーレ Giardini della Biennale

    GIARDINI DELLA BIENNALE

    Ruri (Island)

     ”Archive – endangered waters
     水のアーカイヴ。引き出して見れる巨大な水のカタログ。アイスランド館全体に響く滝の流れ落ちる音、ラックから引き出した水の巨大なトランスペアレントな写真を通した自然光など、空調のしっかり効いた部屋とあいまって気持ちよく美しい展示空間を構成していた。

    Michal Rovner (Israel)

     人間のグループの歩く動きをビデオで。→微生物あるいは染色体の動きをシャーレ、顕微鏡で覗き見るように。→最後の部屋では部屋の壁全面に行進する人の群れを映し出している。今回のビエンナーレで一番圧倒され、感動したビデオインスタレーション作品。イスラエル館の構造により決定される順路を効率よく使っての展開が圧巻。一番完成度が高く、個人的には今回のベスト。金獅子賞の候補にもあがったらしいが、染色体についての倫理的な問題(的外れだと思う)という理由などでもれたらしい。

  • ベネツィア・ビエンナーレを見る

    この旅の目的の一つ、ベネツィア・ビエンナーレへ。ベネツィア・ビエンナーレはメイン会場の Giardini della Biennale と Arsenale, Museo Correr を中心に、町のあちこちにもいろんな国のパビリオンが点在して開催されている。

  • ベネツィア・ビエンナーレ Arsenale

    ARSENALE
    ・MONIKA SOSNOWSKA (Poland) ”UNTITLED(CORRIDOR)” installation
     パースペクティブのついた通路を設置。奥に行けば行くほど実際に狭くなっているので、すぐ向こうに見えているドアまでたどり着く事が出来ない。自分が大きくなっていくような錯覚にもとらわれる。子供が這って行くとかろうじて奥まで行ける。作品の構造自体はとても単純なものだし、誰もが一度は考えそうなものだが実際に体験してみると単純なだけでないなにかがある。
    ・MLADEN STILINVIC (Croatia) ”DICTINARY PAIN” tempera on paper
     一冊の辞書の破かれた全てのページ、各語の意味の箇所を白く塗りつぶし、全ての語の意味として”PAIN”をいちいち書き込んである。AからZまで全語。全て”PAIN”。一見地味な作品だが、旧ユーゴのことなどが一度頭をよぎると忘れられない。
    ・YANG ZHENZHONG (China) ”LET’S PUFF” video installation
     向かい合わせになったスクリーン2つ。街の映像(眼の高さ、歩く人々、車、建物)に向かって、反対側のスクリーンからずっと息を吹きかけ続ける。息を吹かれた街は少しだけ揺らぐ。

    (さらに…)

  • べネツィア・ビエンナーレMuseo Correr

    MUSEO CORRER
    ・村上隆とルイ・ヴィトンのコラボレーションによる “SUPERFLAT MONOGRAM” video
     好き嫌いの問題ではなくて、日本的な造形の平面性、ポップさ、キュートさ、そんなアニメーション的な要素の全てが適切な長さのビデオクリップに詰まっている。海外で村上への評価が高い理由が少し分かる気がする。Arsenale でただ長いだけの映像作品にうんざりしていたからよりいっそう心地よく感じられた。

    "ラウシェンバーグから村上まで"と題し、これまでの絵画作品、平面作品を集めている。知っているものも多く、新鮮さは全く無い。絵画はもう他のものと切り離さないと扱えないのかと思うと少し淋しくなる。