カテゴリー: sarajevo

  • 炎天下での作業

    昼食をはさんで2時間ほど作業。炎天下の下で暑さはきついが仕事はわりと進み、手の入っているところと、いないところの違いは視覚化できてきた。ただ地面自体が土というより石という感じなので、作業にきりが無い様に感じもする。石を拾い、掻き出し、均しても次の石がどんどん出てくる。その辺の無謀なところもうまくビデオを編集して出てくればいいが。サラエヴォにいる間には機材や時間の事で出来ない分も含めて展示、インスタレーション方法についてのイメージは少しずつ出てくる。

    日中炎天下の中に長くいると、一日全身がだるくなり、動くのが億劫になる。昼寝もするようになった。

    BUREKもいい加減飽きてきたかも。しょっぱい。チェバピのほうがジューシーな分だけうまい。

  • ボスニアのナショナル・ギャラリー

    午前中から天気があまり良くないと思っていたら、昼過ぎから久しぶりに雨らしい雨になる。

    夕方から自分の work へ。今日は、坂根さん、大地君に石拾いを手伝ってもらったので、見てわかるくらいに進む。しかし、夕方は意外と人通りも多く、結構注目を集めてしまったので、毎日続けるのは少し時間帯など考える必要がある。

    上松が地雷が埋められているらしい危険地帯にて作業をしようとしていたところ、ダミエルに発見され、命の危険について厳重に注意を受ける。ずっとサラエボにいて当たり前になってしまっていることで、その辺の危機意識は甘くなっていたかも知れない。

    ボスニア・ヘルツェゴビナのナショナル・ギャラリーを見る。どこかで見たような作品も多いのだけれど、ペインティングからインスタレーション、ビデオインスタレーションなど幅広く作品は揃っている。好きな作品もいくつかはある。新しめのペインティングにいいものがあった。

  • 全裸で出発?

    a.m.5:30 から岩井君のビデオを撮影。全裸で家からの出発なので、早朝にゲリラで決行。昼間みんな相当にヒマそうなくせに早朝から歩いている人や車が多くてカメラを構えている方も緊張する。服の形に全然なっていない状態の時は本当にやばかった。途中近所の通報により警察に事情聴取される。パスポートの提示も求められたが、持っていず、住所を聞かれたりと一時は”逮捕”、”強制送還”も頭をよぎったが、危害を与えるようなものでないと気づいてくれ、最後はフレンドリーに記念撮影もして別れた。その後 centar までどうにか辿り着き、終了。

    ジャンク・マーケットにて大きいシャベルなど道具を購入。全然英語通じないので、こっちも普通に日本語でやりとりをする。その後岩井君の針金と角材を探しに2,3件はしご。

  • 制作開始

    “Sarajevo Bowling Alleys”開始。自分でたてたプラン、選んだ場所ながら、かなり無謀な途方もないプランだという事を身を持って知る。暑さ、陽射しの強さがハンパじゃない。大きい石を拾い、取り除き始めるがきりがない。土もカラカラで石のようになっているので本当にフラットにできるかどうかかなり疑問。だがずっと動いている映像をうまく編集したり、時間かけている内にだんだん平らに近づいていく感じがわかれば、一人で過酷な作業であがいている感じが出れば面白くなるかも。ただ、サラエヴォにいる間はじっくり編集できないので”access”での展示はまだまだ考える必要あり。

    サングラスなくした。この国では少しの時間でも忘れ物をすると、まず確実に出てこない。親切にとって置いてくれたり、届けてくれる事はまずない。何をやっても目立ちすぎるのにうんざり。

  • 「髪」の字の構成

    a.m.3:52 サラエヴォ バスターミナル着。サラエヴォを空けている間にサラエヴォ・フィルム・フェスティバルがスタート。日本からの参加作品を見逃す。サンと大地君が合流していた模様。

    ウィレムに漢字の意味、成り立ちの話をしていたら、かなり驚いていた。自分でもあらためて確認してみると面白い。「髪」は、長い・水の・友だとかね。

  • しばし、サラエヴォを離れて、クロアチアへ

    サラエヴォ、ボスニアに限った事ではないが、不愉快な奴は必ずいる。我々に理解を示してくれ、よくしてくれる人たちがいるだけなおさら、怒りとともに失望を感じる。コミュニティに本当に入り込もうとする事は難しく、精神的にとても疲労する。

    p.m.10:30 バスにてサラエヴォを出発。クロアチアはドブロブニクに向かう。2時頃国境でのパスポートチェックに引っかかり、いくつか質問を受ける。列車で入国する際にボスニア側の担当官がスタンプを押さなかったのでその辺が引っかかっている模様。

  • サラエヴォの満月。もろくてあっけないもの。

    昨日の取材がうまく編集されてニュースの中で放送されていた。1日5回流れるらしい。

    今日は特に外出はせず、牛肉を煮込むのと、坂根さんのワークショップの記録、昼のスパゲッティのためのソースつくりなどをする。仔牛の頭は鍋に入りきらないのではみ出てしまっている。

    1日煮込んでいると、肉はほとんど柔らかくなって骨離れがよくなっている。脳も試食する。白子に似た食感。羊の脳に比べるとあっさりとしている。にんにく、パプリカ、玉ねぎに赤ワイン、バジル、オレガノ。

    今日は満月。東京よりもちろん月も星もクリアーに見える。あまり詳しくないのでどれが何の星座かわからないのが惜しい。カシオペア座らしき星群はわかった。サラエヴォは二手の山に囲まれた(挟まれた)町なので、実は夜景もきれいなのだ。

    深夜まで煮込んでいると、さすがに頭の骨も継ぎ目からバラバラになってくる。少し前までは牛の頭部の形を残していたものが、はずれてくるとただの骨と肉になる。人間にしてもそうなのだろう。一つの存在だとか、命だとかそれは大きいものだけど同じくらいもろくてあっけないもの、そんな感じがした。

  • 日本人とドイツ人の価値観の違い?

    プレス・カンファレンス。

    centar の本屋にて”FAMA”のサラエヴォ・サヴァイヴァルガイドを発見、購入。激戦地マップも。スーパーにて仔牛の頭を買う。皮を剥いだだけで、眼も睫も舌もそのまま残っている。

    5時過ぎから岩井君と草平に手伝ってもらい、仔牛の頭の解体を始める。撮影もする。もちろん3人とも初めての経験で、思ったようにはバラせない。自分が食べるものを自分でバラす事は簡単なことではないが、見たくない部分、汚い部分をしっかりと確認、体験するというのはとても意味のあることだと思う。誰かがいつもやっているのだから。

    一緒にいるドイツ人達には直接は見せないようにしていたが、バラした後にオーブンでじっくり焼いてから食べた肉塊や映像にかなりひいていた。誰にとっても刺激の強い、ショッキングなものであるのは確かなのだが、それの受け止め方は日本人とドイツ人でかなり違う。ベジタリアンだからだとか、捕鯨がどうとかも出てくるが、論点の違いをものすごく感じた。

    作品の形にするかもしれないが、形態だけでなく場所や影響も十分に考える必要はある。子供達に無理に見せたいものではないから。

  • レンゾ・ピアノのボーリング・レーン

    いつも通らない川沿いの遊歩道を歩いている途中、ボーリングレーンにふさわしいロケーションを見つけた。新しいMUSEUMを建設するための土地らしいが、予算の都合か囲いもせずに放っとかれているので、勝手にそこに自分のプロジェクトを展開する事にする。レンゾ・ピアノの事務所がどうやら関わっているらしい。荒れ具合もよく、十分に広い。ただ直射日光がきつい。

    p.m.4時過ぎに、草平、ダミエルがプロジェクトを代表してTV出演。リビングにてみんなで見る。プロジェクトについて簡単なインタヴューを受ける。 8時からミーティングだが、時間通りに集っているのはダミエルと日本人だけ。そのせいで苛立っているダミエルにこっちも不愉快になる。日本の便利さ、何でも揃う環境からあえて1ヵ月離れてみるのも悪くないかなと思っていたけど、あまりそうでもなくなってきた。

  • サラエヴォからオロヴォへ

    フィリップ(医学専攻)が毎朝やっているヨーガ5ポーズを教わる。庭の芝の上でやると気持ちいい。みんなが覚えられるようにポーズと動きを芸大組が図にしてリビングの壁に貼る。

    6時頃から車でダミエルの実家のある Olovo へ。1時間強くらい。”FESTIVAL FOLKROLO OLOVO“というのをやっていて小さい町だがかなりの人が集ってきている。全然小さい町なのでサラエボ以上に日本人は珍しいらしく、じろじろ見られたり”キナ”、”チャイニーズ!”と言われる。ここでも子供達は好奇心に素直なので、すぐに打ち解けて仲良くなった。

    ダミエルの家でママの手料理をごちそうになる。ボサンスキ・ロナッツ(肉じゃがをスープにしたような感じ。やさしい味。)、ヨーグルト、ブルーベリーとクリームチーズを混ぜたものなど。サラエボの街中みたいに肉料理ばかりではなく落ち着く、栄養のバランスの取れた、日本人にもなじみやすい食事でとても美味しかった。ごちそうさま。

    オロヴォは激戦地だったらしく、ダミエルの家の壁にもたくさんの銃弾の痕がある。周りには破壊されたままの家や建物がたくさんある。