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  • STRANGELY FAMILIAR / MICHAL CHELBIN

    ストレンジリ・ファミリアー「ストレンジリ・ファミリアー」
    ミカル・シェルビン

    イスラエル、ハイファ出身で現在はNYブルックリン在住の女性写真家、ミカル・シェルビンの初写真集。

    イスラエル、イングランド、ウクライナ、ロシアといった土地のサーカスの人々を、スクエアのフォーマットの中に真正面から収めている。彼ら彼女らの眼は静かに、しかし強い意志を持って撮影者であるシェルビンをまっすぐ見つめ、シェルビンはその彼らの鍛え上げられた、削ぎ落とされた、未成熟の、成長しない肉体を静かにフィルムへ焼き付ける。
    それはとても静謐で、そして見るものを不安にさせる不協和音をそこに放つ。

    彼女自身も認めるダイアン・アーバスの影響を感じさせながらも、被写体との親密さ、信頼関係をどこかに感じさせるシェルビンの眼は、かえって彼らのその身体のアンバランスを冷たく映し出している。

    とても気になる写真家だ。

  • ハンガリー出身のアーティスト・写真家・映画監督

    Vasarely: 1906-1997 (Basic Art) (ペーパーバック)よく「ハンガリーのアーティストって誰がいるの?」と聞かれるのですが、正直有名どころだとヴィクトル・ヴァザルリ Victor Vasarelyくらいしか思いつきません。

    オプ・アート(オプティカル・アート)を牽引したヴァザルリでさえ、美術史やアートに詳しくなければあまりピンと来ないと思いますが、作品は中学や高校の美術の教科書にもよく載っているので何となく覚えている人もいるかも知れません。他の作品はGoogleのイメージ検索の結果をとりあえず。

    現代美術の作家なら多少は知ってはいるものの、もう少し誰かいないかなとWikipediaを探してみると「ハンガリー人の一覧 – Wikipedia」というページがありました。でも残念ながらそこにも日本で有名なアーティストをあまり見つけられないので、写真家、映画監督まで含めて少し抜き出してみたいと思います。

    ハンガリー人のアーティスト・写真家・映画監督
    マチュー・カソビッツ – 俳優・映画監督
    カパ・ローベルト(ロバート・キャパ) – 報道写真家
    モホイ=ナジ・ラースロー(ラースロー・モホイ=ナジ) – 画家
    ウィリアム・クライン – 写真家、映画監督
    ブラッシャイ(ブラッサイ、ブラサイ) – 写真家

    Brassa L'universel (Midsize) (ペーパーバック)

    一番有名なのはロバート・キャパでしょうか。実はハンガリーはチェコと並んで多くの優れた写真家を生み出してきているのですが、ほとんどがハンガリーを出てしまっているので、ハンガリーと結びつけてイメージするのが難しいのだと思います。「ブラッサイ」は私の好きな写真家の一人で、彼の撮るパリの夜のイメージというのは同じく好きな画家のロートレックと通じるものがあります。

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  • ヤン・ライヒ 写真展ボヘミア

    janreich-bohemia.jpg

    ヤン・ライヒ 写真展ボヘミア
    Jan Reich Bohemia
    2007.03.19 – 06.01
    東京都渋谷区広尾2-16-14
    チェコ共和国大使館内 チェコセンター

    上のDMの写真はそうでもないけれど、展示されている写真の多くで暗部の豊かな階調がとても印象的だった。一見黒く潰れているようでいながら、よく見ると狭い幅ながら情報量は多い。この暗部の表現はJPEG圧縮+モニタの解像度ではとても再現できないもの。日本のメジャーで人気のある写真はカラーで若干オーバーめの明るいものが多くなってきている気がするので、このモノクロの暗さというのはそこに写っているボヘミアの人気のない静かな森の光景や忘れられた石像といったモチーフとあいまってとてもクラシックながら、かえって新鮮に感じた。

  • 木村伊兵衛という透明な存在

    木村伊兵衛の眼—スナップショットはこう撮れ!

    見えるものも見えないものも含めて、彼にはわれわれを動かしている歴史に興味がなかったのだ。もし木村伊兵衛を批判しようとするなら、彼を貫く主題の欠如や社会的関心の希薄さを指摘することは容易である。

    木村伊兵衛の眼』に収録の多木浩二の短い評論「日常という文化を撮り続けたまなざし」は上のような木村への批判の在りかをあらためて確認した上で、それでもなお木村伊兵衛という写真家と、その写真の意義について考察をよせている。

    木村伊兵衛の写真というのは、ドラマチックでもなければエキセントリックでもない。凝った構図も見られなければ批評的に何かを暴き出そうともしない。他の著名な写真家に比べて「木村伊兵衛の写真」としてどれか一枚を即座に思い浮かべられる人も少ないのではないかと思う。

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  • 今だから、カラーネガプリント

    基礎からはじめるプロのためのカラーネガプリント (大型本) 玄光社のコマーシャルフォトシリーズ、久々の新刊は「基礎から始める、プロのためのカラープリント」。

    SHARP AQUOS の藤井保、SUNTORY 烏龍茶の上田義彦、ホンマタカシといった写真家たちのカラーネガ自家プリントへの思いやノウハウ、使用機材といったものから、プロ・プリンターによるプリント作業の実際の解説などカラープリントに興味を持っている人、手を出してはみたけれどそれ以上はてっきり… という人には面白いし使える、非デジタル派、銀塩好きには本当に久しぶりの使える本。

    デジタルカメラ、インクジェットプリントが全盛の今、正反対の「カラーネガプリント」について本として出たことが、嬉しくもあるが余計な心配をしてしまったりもする。職業写真家のコマーシャル仕事の多くはデジタルでデータ入稿、今までは経験と「バラし」がものを言った色温度/露出の読みやフィルターワークもPhotoshopによって、写真を撮ったことのない編集者でもある程度の調整が出来て、一般の人でもコンパクトデジタルカメラで「写るんです」よりも気軽にハズレのない写真が撮れて、自宅でA4まで綺麗に伸ばせる""である。

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  • 中平卓馬展のインスタレーション

    横浜美術館にて「中平卓馬 原点復帰-横浜」。”provoke“の頃、「来たるべき言葉のために」の頃のものよりも、写真自体は最近の(記憶を失ってからの)カラーのものの方が好きだ。気になったのは展示の仕方。過去に彼自身が行なったインスタレーションの記録(サーキュレーション-日付、場所、イベント)も少し見る事ができた分だけ、「新たなる凝視」のセクションのインスタレーションの仕方の中途半端さが気になった。中平自身がどこまでやっているのだろう。多分、美術館側の仕事だろう。もちろん、中平卓馬は写真家であり、インスタレーション作家ではないのだけど。

  • 神蔵美子『たまもの』。まだ大丈夫だ。

    tamamono.jpg神蔵美子さんの新しい写真集『たまもの』を購入、ずっと見入る。
    ニューオーリンズの路面電車で出会ったスイス在住の易者に「あなたは二人のひとを同時に愛せる人」と予言された神蔵さんはそんな事ができるわけが無いとそのとき思うわけだが、後に坪内祐三と末井昭という二人の男性と結婚し、激しく愛する事になる。

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