昨日の晩、滞在している部屋のお湯が止まった。シャワーを浴びている最中だったので、凍るかと思った。昨夏のサラエボ以来の経験だ。サラエボはまだ外の気温が35℃を超える真夏だったのでいいが、今は真冬。福岡は思っていたよりも寒い。少し待てば給湯が追い付くかと思い、裸でしばらく待ってみるが、まるで出る気配はなし。流しの前でただうろうろする。給湯ユニットを再起動させてみる。水しか出ない。しかたないので、ポットでお湯を沸かして、とりあえず流してすませた。
12月にサムライになるのはきつい。
昨日の晩、滞在している部屋のお湯が止まった。シャワーを浴びている最中だったので、凍るかと思った。昨夏のサラエボ以来の経験だ。サラエボはまだ外の気温が35℃を超える真夏だったのでいいが、今は真冬。福岡は思っていたよりも寒い。少し待てば給湯が追い付くかと思い、裸でしばらく待ってみるが、まるで出る気配はなし。流しの前でただうろうろする。給湯ユニットを再起動させてみる。水しか出ない。しかたないので、ポットでお湯を沸かして、とりあえず流してすませた。
12月にサムライになるのはきつい。
アートフリマ at REDCUBE 続報です。
REAL TOKYOにてイベント情報UP、今日から公開されています(もちろん今日はトップにて)。そして写真は私近藤圭、サラエボで土地を耕している物です。第2部にてサラエボプロジェクトの紹介をさせていただく事になっています。
ということで、サラエボに興味ある方、昭和40年会ファン、グラインダーマンファン、中村ケンゴファンの皆様、会場にて是非お待ちしています。
僕は、サラエボプロジェクトカタログ(予価500円)、「slow food」DVD(サロン・ド・プランタン賞・予価2000円)他用意してお待ちしています。トークの準備やらもしないといけないので結構大変ですが...
VOID chicken新刊7号発刊を記念して、
夏バテ気味の東京のアートシーンに一風の涼しい風を感じてもらいます。
フリマ参加の作家同士の交流と、特別企画として若手作家の
アートプロジェクトの記録ビデオの上映とトークを行います。
ボスニア内戦の傷跡がまだ生々しいサラエボで、
どのようにプロジェクトは進んでいったのか…。
というわけで、前にも紹介した VOID chicken 企画のイベント第2部においてサラエヴォでのプロジェクトについて話をさせていただきます。
第1部と併せてよろしくどうぞ。みんな知ってる昭和40年会、グラインダーマン、P3 & art environment などバラエティ豊かなメンツでお迎えいたします。僕は、「slow food」DVD、サラエヴォのカタログ(2003)など売りますので是非!

ノー・マンズ・ランド No Man’s Land
2001年 フランス イタリア ベルギー イギリス スロヴェニア
監督:ダニス・タノヴィッチ
撮影:ウォルター・ヴァンデン・エンデ
出演:ブランコ・ジュリッチ
レネ・ビトラヤツ
カトリン・カートリッジ
サイモン・カロウ
ボスニアに行くまでの準備期間に、内戦当時のことを少しでも知りたい自分にとって、貴重な情報源であった大切な作品。121分の殆どが、主役の二人のダイアローグで構成されている。
内容については、特に"ボスニア"ということでなくて、戦争というのはやっぱりすごくくだらなくて、意味がなくて、どうしようもないばかばかしいものという当たり前の事実を痛いユーモアで確認させてくれる映画だった。そしてそのばかばかしさが"隣人殺し"というような言葉に集約されるほど濃いのが、やっぱりボスニアなのだろう。イラクのことも北朝鮮のことも他の地域でのことも世界の誰もが無視できるはずのないことだ。
こちらとは別に個人でやっているサイトの方で、サラエヴォの一ヶ月滞在日記をアップしています。
初めてのサラエヴォで、ストレスがたまったり、クラブで踊ったり、同じメンバーの中でも微妙な緊張関係になったり、SFOR和平安定化部隊の病院にお世話になったり...
全くの個人的な始点ですが、その分リアリティを感じてもらえればと思います。
Stolen Moments / A Different Design
って、宣伝ですが...
< この記事は以前"Web of Activities"に書いたものです。 >
人々が生き抜くことに必死になっている時に、この男は逃げられるのに逃げず、自分が首をくくって死ぬ白日夢にとりつかれている。家族が国外に亡命するとき彼だけが残ったのは、彼が生きることを放棄したからかもしれない。ところがそんな彼も、いざ目前に死が迫ると、本能的に生きることを選択してしまう。生と死のせめぎあいは、この男の中にも存在するのです。
(映画瓦版)
1997年 ボスニア=フランス
監督・脚本:アデミル・ケノヴィッチ
この映画の撮影は一部、内戦中のサラエヴォで行われています。確かに見覚えのある街並みが出てきます。
極限状況の中を描くときに、さらに人物を何かを背負った設定にすることでより表現力を増すという手段は『カッコーの巣の上で』などにも見られる手法ですが、この作品がもっとメッセージの訴求力を持っているのは、ボスニアの監督がボスニアでボスニア内戦のさなかに実際に作ったからです。そしてそれはもちろん簡単なことではないのです。
見ていない人のためにも内容については触れませんが、実際に体験したスタッフだからこその「映画的な結末」ではないクライマックスに、心を打たれずにいられないと思います。
戦争の悲劇の解決方法は果たして?
「パーフェクトサークル」とは?
< この記事は以前"Web of Activities"に書いたものです。 >
ここ最近、旧ユーゴスラビア関係の映画を立て続けに見ていました。旧ユーゴスラビアに興味を持ち出したのは今年の初めからということ、メジャーでないのでDVDもビデオも見つけにくく、そんなに見ることがついこの間までできなかったが、最近になって送ればせながら”Amazon.co.jp“によりオンラインで簡単にサーチ&ゲットし、その便利さにいまさらお世話になっている。
帰国しました。この40日ほど、サラエボでのプロジェクトを中心にヨーロッパをいろいろ見て回ってきていろいろ濃い経験をしてきました。日本を相対的に見ることもできたし、帰属と関係ない自分個人のこともいろいろ考えれたかな、と。まだ頭が時差ぼけというかいろんな情報を完全に処理しきれてなくてこっちに戻ってからは何もして無いけど、いずれその事をしっかりとまとめようと思う。日本を出る日から帰る日まで日記も欠かさず書いていろいろメモしてるしね。
一つ感じた事を例に出せばやっぱり民族的なこと、宗教的なこと、人種的なことの問題というのは何をするにしても大きいということ。サラエボで生活をしているとそれを痛感せずにいられなかった。静かな中にも見え隠れするムスリムとセルビア人との確執。そしていろいろなレポートから無視をされ続けるジプシーたちの存在。そして難民がらみの問題やSARSの事で悪感情をもたれている中国人。中国人と見た目で区別できないので一緒にされる日本人たち。もちろんプロジェクトの中でだって価値観の差を痛感させられた。ドイツ人、オランダ人。もちろん個人個人それぞれで違うので全部同じようには言えないのは当たり前だけど、それはもっとお互いの理解が進んでからの事。日本人には日本人に共通の価値観、似た思考の傾向があって、クリスチャンには彼らの共通思考回路がある。どうしてもそれからは完全に逃れる事は出来ないと思った。