結城浩さんの日記の「センスについて」というページから。(結城浩さんはプログラミングを学ぶ際に多くの人がお世話になる書籍を沢山書いていたり、日本でのWIKIの普及に大きな役割を果たした方。そういうのに興味ある人たちには有名。)
私は『Java言語プログラミングレッスン』に以下のような「対話」を書きました。
生徒 「プログラムはセンスで書くんですか。インスピレーションで書くんですか。」
先生 「プログラムはプログラミング言語で書くんですよ」
これは詩人(たぶんマラルメ?)が言ったという逸話のパロディです。
誰か 「詩はインスピレーションで書くんですか」
詩人 「詩は言葉で書きます」
「絵を描くにはセンスが必要ですか」
予備校で講師をやっていた頃は実際こうよく聞かれ、その度に「そんなことはないと思うけど… (とりあえず受験には)」とうまく答えられないできた。実際「美大に入る」「絵を描く」「美術・アートに関わる」のに、センスや才能はそんなに必要ではないかもしれない。もし、それが好きでやりたければ自分で踏み出さなければいけないし、続けていればそれなりにできることも増えてくる。
絵やアートに「才能」というものが実際あるのかはわからないが、「続けられる才能」はあると思う。うまくいかない事、できない事、何か違う違和感を感じながらも、それにめげずに(時々は記憶なくなるくらい朝まで飲んで)どうにか続けていれば、それはそれだけで十分な才能だし、続けてきただけのことはどこかにきっと顕在化している。
月に一回のプティ・プワソンのワークショップ。ちなみに前回はこっち
もうずっと絵描いたり、ものつくったり、ワークショップやったり、たまには人に教えたりしてるので、「そういうこと」は自分には当たり前なのだけれど、やっぱりみんな「絵を描く」「ものをつくる」ということは敷居が高く感じているらしい。そんなことはないのだけれどね。大人だけでなく、子供でも描くこと(うまく描けないんじゃないかということ)を怖がる子がやっぱりいる。そういう子にクレヨンを渡すのは難しい。

