中国人労働者を殺戮するために、石垣島に来航した米国軍艦サラトガ号は、2年後に他の3隻の軍艦と共に、江戸城に近い浦賀の沖合いに来航した。
日本(本土)の歴史教育で、この史実は全く伝えられてこなかった。ペリー提督の来航に慌てふためいた江戸城の官僚たちよりも、石垣島民らによる事件処理の方がはるかに優れていたからであろうか。この苦力反乱事件の顛末は、中国本国でも、海外の華人社会でも中学校や高等学校の重要な歴史教材である。
こんな事件の事知っていましたか?僕は知りませんでした。
中国人労働者を殺戮するために、石垣島に来航した米国軍艦サラトガ号は、2年後に他の3隻の軍艦と共に、江戸城に近い浦賀の沖合いに来航した。
日本(本土)の歴史教育で、この史実は全く伝えられてこなかった。ペリー提督の来航に慌てふためいた江戸城の官僚たちよりも、石垣島民らによる事件処理の方がはるかに優れていたからであろうか。この苦力反乱事件の顛末は、中国本国でも、海外の華人社会でも中学校や高等学校の重要な歴史教材である。
こんな事件の事知っていましたか?僕は知りませんでした。
ちょっと思い切って過去の日記をブログのエントリーにしなおしている。もちろん、コピー&ペーストだけど、それでも量が多いから大変だ。
サイト、日記を始めてから2年足らずだけど、それでもかなりの出来事、変化があるのをしみじみ感じる。
基本的にテンションは低い。
劣化ウラン弾
天然ウランの濃縮処理過程で派生する劣化ウランを弾頭に使用した砲弾。貫通性に優れる。米軍が湾岸戦争(1991)で初めて使用してから、以後、NATO軍がボスニア(94~95)で約1万発、コソヴォ(1999)で3万1000発、最近では、アフガニスタン、イラクでも使用している。
日本では(!)、95~96年、米海兵隊が鳥島爆撃場で1520発を誤射。
放射線被爆による癌、白血病などの原因として汚染地域を永久に苦しめることが、湾岸戦争以来ずっととりだたされているが、米軍、NATO軍は2003年のイラクでも未だに使用している。

『旅 「ここではないどこか」を生きるための10のレッスン』。タイトルに「旅」とあるとどうしても気になってしまう。それにこれのポスターやチラシのセンスが自分にぴったり来た。実際、チケット、会場案内、カタログと全てボーディング・パスやパスポートなどをイメージしてトーンが統一されていたのはなかなか気持ちよかった。カタログはサイズが小さいため、凝っているわりには900円と安い。みんな買っていたようだ。大体、展覧会のカタログは高いので、その辺りもちょっとした差別化というか、ポイント高いところ。
エキシビションの中身だが、全体としては非常に静かなテンションなのだが、感じがいい。滝口修造の『リバティ・パスポート』、小野博の『When Tomorrow Comes』、ペーター・フィッシュリ&ダヴィッド・ヴァイスの『エアポート』などが良かった。僕自身、空港では必ず飛行機の写真を撮る。これから始まる旅への感情と不安、あるいは慣れない居心地の悪い場所で持て余した時間。そういえば、ヴィム・ヴェンダースも飛行機の窓から翼越しに見える空をカメラにおさめて、「こんな映画が撮れないものか」なんて言ってたっけ。

マイクロソフト・オフィス2003シリーズ新製品の「OneNote 2003」が地味だけど便利。いちいち保存や名前をつけたり、参照元のURLをメモったりする必要がなくPC上のデータを何でもシームレスに扱える。コピー&ペーストさえいらない。ドラッグするだけ。僕は大体ウェブ上で集めたデータやネタを集めている。値段も高くないし。mac対応が出てないけど、情報を効率よく貯めたい人にはおすすめ。
格闘家ミルコ:クロアチア総選挙に立候補 当選「確実」
【ウィーン会川晴之】23日に投開票されるクロアチアの総選挙に、日本でも人気がある格闘家のミルコ・クロコップ(本名・フィリポビッチ)氏(29)が立候補し話題を集めている。ミルコ氏はボクシング出身の格闘家で、現在、Kー1に出場、今月も日本で試合に出場しており、日本にもファンが多い。ミルコ氏は連立与党の社会民主党(SDP)の候補として首都・ザグレブの第1選挙区に出馬。「当選は確実」と見られている。
[毎日新聞11月21日] ( 2003-11-21-20:29 )
クロアチアともともと一つの国だったボスニア・ヘルツェゴビナでもミルコの活躍のおかげでK-1は人気があるようで、中学生くらいの男の子達と話していたときに、話題になりました。ちなみに彼らはボブ・サップが一番強いと思うと言ってました。
そういえばミルコはもともと「現職警官」が売りでしたね。
ミルコとの戦いで男を下げた高田延彦もそういえば政治の世界にチャレンジしてました。
< この記事は以前"Web of Activities"に書いたものです。 >
東京画
1985年 西独
監督:ヴィム・ヴェンダース
編集:ヴィム・ヴェンダース ソルヴェイグ・ドマルタン
キャスト:笠智衆 厚田雄春
(はじめに断りますがヴェンダース論でも作品論でもありませんので)
「外が晴天だとなおさら悲哀が募る」
小津がずっと舞台に選んできた東京の画"イメージ"、小津の"世界を透明にしうるまなざし"を追いかけてやってきた異邦人ヴェンダースの画"イメージ"。1983年の東京は小津作品のそれとは違う「傷ついた風景」だった。