オテサーネク
チェコの映画監督ヤン・シュヴァンクマイエルの作品(2000年)。チェコの民話をモチーフに、彼独特のブラックユーモアと、滑稽さを現代の寓話として描く。
シュヴァンクマイエルの作品を見るのは久しぶりだけど、あらためてその独特のセンスにやられる。
オテサーネク
チェコの映画監督ヤン・シュヴァンクマイエルの作品(2000年)。チェコの民話をモチーフに、彼独特のブラックユーモアと、滑稽さを現代の寓話として描く。
シュヴァンクマイエルの作品を見るのは久しぶりだけど、あらためてその独特のセンスにやられる。
THE BIG ONE ザ・ビッグ・ワン
1997年 英米合作
監督・脚本 マイケル・ムーア
自著「Downsize This!」のキャンペーンツアーで全米47都市を回るなか、どこかがおかしくなっているアメリカの大企業、大規模なレイオフについてCEOにインタビューを求めて、アポなしで突撃する模様をおさめたドキュメンタリー。去年大きな話題になった「ボウリング・フォー・コロンバイン Bowling for Columbine」に通じる社会の病にシリアスに迫りながら、決してユーモアを忘れないのが彼の姿勢。だからこそ映画にも、言動にも訴求力が大きいわけだ。もちろん、彼の主張は必ずしも正しいものではないだろうし、個人的な見解も否定できない。
講演会でのこんなやりとりも。
利益を上げたいだけならなぜGMは麻薬を売らない?麻薬を売れば莫大な利益になる。重さ900キロの麻薬でGMの収益は1000ドル。900キロの麻薬を売れば100万ドルだ。なぜ売らないんだ?
ここで会場の声に一本とられる
「CIAが独占している!」
でも彼もしっかりあとを続ける。
正直麻薬事業はGMに任せたいね。なぜって彼らなら失敗して5年でこの世から麻薬を撲滅してくれる。大コケするに決まってる。
この映画が、「Bowling for Columbine」と違うのは、ラストのナイキCEOとのやりとりがどうも要領を得たシメにならないところのもどかしさ。その辺がリアルでこの映画の魅力にもなっている。
Yahoo!ニュース – エンターテインメント – 共同通信
華氏911、世界で上映へ ディズニーが権利売却
華氏911はミラマックス社が出資し製作した記録映画。米中枢同時テロやイラク戦争へのブッシュ政権の対応を痛烈に批判し、22日にはカンヌ国際映画祭の最高賞パルムドールを獲得した。
だがディズニーは、政治的影響を懸念してミラマックスに配給拒否を指示、完成しても配給元が決まらない事態となっていた。
監督のマイケル・ムーア、そして去年かなり話題になった「ボーリング・フォー・コロンバイン Bowling for Columbine」は、このプロジェクトが始まった際の大きな話題のひとつでした。「アホでマヌケなアメリカ白人」ではまだ笑ってられたブッシュを巡る状況ももう笑えない状況になってきています。
「華氏911」楽しみですが、日本での公開までまだかかると思うのでその間、もう一度マイケル・ムーアをとりあげてみます。
< この記事は以前"Web of Activities"に書いたものです。 >
「KILL BILL vol.2 キルビル vol.2」だ。
2と1とは自分の中では静と動。アクション要素などで言えば、2だって「静」では全くないのだけれど、「こんな映画は見たことない!」という感じは vol.1 の方が強い。もちろん周知のように当初は一本の作品として考えられていたものだし、どっちも、ヤクザ映画、日本のアニメ、マカロニウェスタン、カンフー...その他もろもろの既存の(タランティーノの好きな)映画を臆面もなく詰め込んだものだ。だけど、その集合体としてのそれぞれ一本の映画としてのテンションには差が感じられるんだな。
内容については書かないけど、前半は正直退屈だった。構成が既視感を超えていなかった。だけど、後半には vol.1とは全然違う意味でやられるところがあった。かわいすぎて反則の「あの子」の登場と、「子連れ狼」のビデオを見るシーンでのシーン。音楽を担当している、RZA(WU-TANG CLAN)が過去にプロデュースしたGZA「Liquid Swords」のオープニングと全く同じだったからだ。
「KILL BILL」にはそのような仕掛けがこれでもかと詰め込まれている。だから、結局それにどれだけ気付けるか、どれだけ素直に受け入れて楽しめるか、と言うことなんだろうな。それは「現代美術」なるものを受け入れる姿勢に似ている。難しいものを難しいように受け取らなくたっていいのだから。
トーク・トゥ・ハー talk to her
“彼女の動かぬ肉体のなんと表現豊かで感動的なことか!“ペドロ・アルモドバル監督がアリシア役のレオノール・ワトリングを評したこの一言が全てである。ベニグノ、マルコと同様、眠るアリシアに魅了されてしまった。
ピナ・バウシュ、カエターノ・ヴェローゾの入ってくる場面も「目配せ」や「とってつけた」ようなところ、「おんぶにだっこ」はまるで感じられなかった。ピナのステージも、カエターノの歌も、それも含めたアルモドバルのこの作品も自分の琴線に触れてきた。
GOOD BYE LENIN! グッバイ、レーニン!
恵比寿ガーデンシネマで。去年からずっと気になっていたが忘れてて、もう上映スタートからしばらく経ったけどやっと見て来た。
結論。
それなりに面白いけど、この監督(ウォルフガング・ベッカー)の映画は見たいとは思わないなー。
映画のシナリオ、設定は面白いけど作りは安っぽい。と思ってたら、この監督どうやらTV出身らしい。納得。このシナリオ他の監督が撮ったらもっと面白くなるのに。
劇中、西側から情報が入ってきてすぐ、友人が「2001年宇宙の旅」の有名なシーンをパロディとして使ってる場面のすぐあと、この映画自体も「時計じかけのオレンジ」をパロディするわけだけど、そこが「だから?」という出来。
ララ役のチュルパン・ハマートヴァ(Chulpan Khamatova)はとてもかわいい。彼女でもってる。
☆2つ。
ペドロ・アルモドヴァル「トーク・トゥ・ハー talk to her」、DVD出たので見たんだけど、かなりやられた。劇場公開のときも気になってて、見ようと思いながらタイミング合わないうちに終わってしまって後悔していた。
あとでちゃんと書くと思うけど、忘れないうちに。
10ミニッツ・オールダー 人生のメビウス
2002年
制作:ドイツ・イギリス
監督:アキ・カウリスマキ、ヴィクトル・エリセ、ヴェルナー・ヘルツォーク、ジム・ジャームッシュ、ヴィム・ヴェンダース、スパイク・リー、チェン・カイコー
恵比寿ガーデンシネマ
上の監督の名前を聞いただけでも、ピンと来る人にはうずうずしてしまう、10分という持ち時間でそれぞれが作品を作り上げたコンピレーション。
10ミニッツ・オールダーにはもう一つ「イデアの森」があり、そちらにはジャン・リュック・ゴダール、ベルナルド・べルトリッチ他が参加している。
一番の感想は、下手な120分作品より全然密度が濃いと言うこと。詰め込む作家(カウリスマキ、ヴェンダース、スパイク・リー、ヘルツォーク、カイコー)と、断片として切り取る作家(エリセ、ジャームッシュ)とに大きく分かれるが(その境界もあいまいだけど)、総じてレベル、緊張感・完成度が高く、ただの寄せ集めには終わっていない。
そして、それぞれについては...
自分的ベストはヴィクトル・エリセの「ライフライン Lifeline」。
それぞれの作品をつなぐ川の映像とトランペットの即興演奏も印象に残る。
世間一般にはあまり人気が無いようでがらがらだったのが気になった。
(04/08/31 “イデアの森” についてはこっち)

黒猫・白猫 – goo 映画
1998年 仏・独・ユーゴスラビア
監督:エミール・クストリッツァ
演奏:NO SMOKING ORCHESTRA
出演:バイラム・セヴェルジャン
スルジャン・トロイヴィッチ
フロリアン・アジニ
リュビシャ・アジョヴィッチ
こんなにも登場人物みんなが生き生きとしている映画はそんなにはない。このサイトでも採り上げてきた旧ユーゴ出身の監督達のどの作品もユーモアこそ絶対忘れてないが、ここまで陽気であっけらかんとしているのはこれくらいだ(同監督の”アンダーグラウンド”ももちろんあるが、それよりもさらに)。戦争のことは直接に描かれていない。
そのあたりはいろんなレビューで書かれているので、もう少し違った側面から見てみる。

ノー・マンズ・ランド No Man’s Land
2001年 フランス イタリア ベルギー イギリス スロヴェニア
監督:ダニス・タノヴィッチ
撮影:ウォルター・ヴァンデン・エンデ
出演:ブランコ・ジュリッチ
レネ・ビトラヤツ
カトリン・カートリッジ
サイモン・カロウ
ボスニアに行くまでの準備期間に、内戦当時のことを少しでも知りたい自分にとって、貴重な情報源であった大切な作品。121分の殆どが、主役の二人のダイアローグで構成されている。
内容については、特に"ボスニア"ということでなくて、戦争というのはやっぱりすごくくだらなくて、意味がなくて、どうしようもないばかばかしいものという当たり前の事実を痛いユーモアで確認させてくれる映画だった。そしてそのばかばかしさが"隣人殺し"というような言葉に集約されるほど濃いのが、やっぱりボスニアなのだろう。イラクのことも北朝鮮のことも他の地域でのことも世界の誰もが無視できるはずのないことだ。