続き。これで最後。
さて、この展覧会はもともとどういう意図で企画されたものだったのだろう。
本展は、「現代写真」や「現代美術」またハイカルチャーやサブカルチャーといった複数の文化領域に分化・棲み分けされた状況である現在のシーンを連続したものと捉え、ゼロ年代(西暦2000年以降)をひとつの展覧会として提示することを目指します。
「ゼロ年代」という言い方で一つ思い出すのは、昨年クリスマスに行われた、新宿セミナー@Kinokuniya「ゼロ年代の批評の地平 ―リベラリズムとポピュリズム/ネオリベラリズム」。東浩紀、北田暁大、斎藤環、山本一郎(=切込隊長)の4人が、ポスト90年代における思考を分析する
というもの。僕もこれに行っていたのだが、その中ではまとまらないながらも何かを鈍くさいくらいに手探りで思考していて、それはなかなか面白かったし、何か見えてきそうでもあった。(参考:成城トランスカレッジ! ―人文系NEWS & COLUMN― – 『波状言論S改』刊行記念トークセッションまとめ)
その時のちょっとしたやりとりがずっと気になって、自分で別にしばらく考えていたこともある。
果たして、この「私のいる場所」がゼロ年代の写真論
と言えそうな何かを感じさせてくれたのか、あるいは何か手探るきっかけになったのかというと、残念ながらそれは疑問だ。


そのバッグはヨーロッパを走る貨物トラックの「幌」をカットして作られています。写真のように、実際に使われていたものから型をとって、裁断して作る手作りのバッグです。同じものは出来ません。というのを知ったのは実は最近です。
銀座のギャラリーで展示中の野依君の初個展へ。