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  • 2chとYoutubeで学ぶ音楽史

    Youtube上の音楽ムービー(演奏)を参考に出しながら、クラシック〜現代音楽までを大まかにだけれど、俯瞰して追うことのできる良スレのまとめ。

    なかなかよくまとまっているのでは。そんなに西洋音楽に興味を持っていなかっただろうオーディエンスをもだんだん「これは好き」「こういうのもあるのか」なんて反応を返してくるまで巻き込んでいる。これを機にジョン・ケージやクセナキスなんかに興味を持つ人が増えたら面白いと思う。そしてそのまま現代美術もすんなり入っていけるのでは。

    西洋美術史もGoogleイメージ検索やFlickr、Youtubeを使ってまとめたら、もっとイメージしやすくなるよね。
    自分でまとめるのは大変なので誰かに期待しつつ、以前まとめた”FLUXUSとその周辺@Youtube”を再掲。

    今は見られなくなってしまっているものも多いけれど、とりあえずそのまま(ナム・ジュン・パイク@11PMが見られないのは残念…)。がんばって探せばどこかで見られるかも知れない。見られないかも知れない。

  • 「記憶に残る」「触る」リアリティ- 『記憶に残るウェブサイト』

    記憶に残るウェブサイト [トップクリエイター10組へのインタビュー集] 記憶に残るウェブサイト [ トップクリエイター10組へのインタビュー集]
    【対談作家】
    中村 勇吾 / 長谷川 踏太 / レイ イナモト / エキソニモ / セミトランスペアレント・デザイン / 伊藤 直樹 / 田中 耕一郎 / 西田 幸司 / 鎌田 貴史 / 鹿野 護

    続き。
    ここでインタビューを受けている作家の多くはいわゆる「WEBデザイナー」ではなくて、ウェブだけで完結しないものであったり、ウェブの体験や関係性などを時にはテクノロジーや「メディアらしきもの」さえ使わずに実際の空間の中で扱っている。

    ネットでできることというのは全て、そういうリアリティを具現化してあげるようなことなのかなと思っているんだけど、基本は物事に触れる、触るということが大きいから、その触るという行為に対してどういう風に設計するかということはあるかな。

    P.103 伊藤直樹

    ウェブでの表現に関わらず、「メディアアート」が現実のリアリティの再現でしかないのであれば、やはりそれはネガティブな意味での「バーチャル」にしかすぎない。センサーをあちこちに配し、「触る」ことをバーチャルに実体験させる、リアルな事象のデータを可視化、可聴化して見せる。それはゲームとしては面白いかも知れないけれども、クリティカルなものは何もない(そもそも求めていないのかも知れないけど)。

    (さらに…)

  • インタビュー集『記憶に残るウェブサイト』

    記憶に残るウェブサイト [ トップクリエイター10組へのインタビュー集] まだ読んでいる途中だが、前半の中村勇吾さん、長谷川踏太さん、エキソニモのウェブサイトと表現にまつわるインタビューがかなり面白い。
    ちゃんとあらためてここに書きたいと思うけれど、とりあえず。

    自分が何で今、ウェブの仕事をしているのかにも大きく関わるテーマだったりもする。
    油絵、現代美術、メディアアート(?)… インスタレーション。場所の有限性とウェブの非限定性。装飾と構造。ストイック。整理。

    中村勇吾さんの作品には数度ここでも触れた(Stolen Moments: WEB暴力。via 歴史教科書)。また .automeal でのんびりやっていた「偏食マッピング」というのの元ネタは長谷川踏太さんの『Web Designing』の連載からだったりする。

    続きは次で。

  • 病院を改装したギャラリーAMAと日本酒

    gallery-ama01.jpg

    千葉県御宿にあるギャラリーAMA。元々病院であったところを改装して私設のギャラリーとしている。オーナーは造り酒屋の岩瀬酒造。先代が海女の様子を記録していたものを常設展示している。展示室自体は小さいが、部屋に入る光とモノクロの写真、それに病院のライトという組み合わせはなかなか面白い。

    先代の岩瀬禎之がローライなどで撮った海女の写真は今では見られない土地の記録として貴重なもの。御宿でも有数の歴史を持つ家という、造り酒屋の若旦那が海女の群れの中に入り込んで、その自然体を数多く収められたというのはキャプションとしても興味深い。

    gallery-ama02.jpg建物自体もちょっと変わっている。話によると某有名建築の設計者の手によるらしいが、ちょっと調べたところソースは見つからなかった。

    他の部屋も見てみたかったが、公開はしていない様子。ここの建物自体を使ったインスタレーションなんかもいろいろ出来そう。イメージはいろいろ出てくる。

    iwanoi.jpg

    酒屋なので、もちろん日本酒も購入。休日の急な客にも多くの試飲を丁寧にさせてくれた。その中でもせっかくなので、今年できたての「岩の井 純米生酒 無濾過 しぼりたて」を。他には1983年の古酒も購入。
    写真後ろは、岩瀬酒造さんのものではなく、大多喜の道の駅にて購入した「銭神 純米大吟醸」。すごい名前だ。ほんの少しでも銭の神にあやかれれば。

    日本酒といえば、昨年蔵開きに参加させていただいた取手の田中酒造さんの今年の蔵開きが3月9日に行われる模様。

    と、まとまりのないエントリでした。

  • 黒い犬、大小

    boggy0224.jpg

    久しぶりに会ったボギー。黒のラブラドール。まだまだ子供だと思っていたら、だいぶ大きくなっていた。だが中身は全然甘えん坊のまま。以前のタスマニア・デビルっぷりは若干収まったかな(しつけ教室に入っていた成果は?)。

    boggy0224-2.jpgこの写真を見ると、ちょうど3年前の2005年2月24日とあまり変わらないようでもあるが、体の大きさは全然違う。

    普段、会社で社長が飼っている黒いポメラニアンとは毎日接しているが、そのギャップが大きい。
    前までは小型犬はあまり好きではなかったけど、ずっとポメラニアンを見てるせいか、小さい犬もそれはそれでありかなと思うようになってきた。

    うちのラブラドールの写真は以下にもあるが、アングルとポーズがほぼ一緒なのはオスワリをさせて、マテをしないと室内でとても撮れないからなのです。

    小さな鍵穴 Planar 50mm F1.4

  • silent dialog 見えないコミュニケーション@ICC

    silent dialog サイレント・ダイアローグ 見えないコミュニケーション

    ICC ONLINE | サイレント・ダイアローグ──見えないコミュニケーション

    わたしたちを取り囲む自然や環境はつねに変化しています.環境の変化とともに,そこに生息する生物のふるまいに注意を向けることは,同様にそこで生きるわたしたちにもたらされる何らかの作用や,ひいては,わたしたちと生態系全体との関係性を見いだすことにつながります.その意味で,わたしたちは,環境から絶えず何らかのメッセージを受け取っているのだ,と言うこともできるでしょう.

    > はじめに サイレント・ダイアローグ──見えないコミュニケーション

    鳥や植物、キノコといった自然環境からのメッセージ、アクションを先端の技術とメディアにより可視化、可聴化していく試みを集めている。

    試みはどれも面白いのだけれど、実際のところそれが「視てわかる」「聴いてわかる」かというと、正直わかるものは少なかった。印象に残っているのは環境から切り離された「観葉植物」的な植物と大仰な装置と多くのモニターに映し出される確かに動いているらしいグラフばかり。

    • 生き物がいる – 触る – インタラクション

    ここの間の「目の前の生き物のここにどう触ったから…」というようなものが足りない。センサーはただのトリガーなのか、データを渡しているのか。そこがもっと「見えて」きて欲しかったと思う。見えないコミュニケーションはやっぱり見えなかった。

    作品として面白かったのはマイケル・プライムの《ハ、ハ!ユア・マッシュルームズ・ハブ・ゴーン?》暴力的な音と椎茸のアンバランスが面白いのと、実際に傷んでいる椎茸に展示空間中の人間以外の静物の中で一番「生」を感じた。

    サイレント・ダイアローグ──見えないコミュニケーション
    会期:2007年11月23日(金・祝)—2008年2月17日(日)
    会場:NTTインターコミュニケーション・センター[ICC] ギャラリーA

  • iCon スティーブ・ジョブズ

    スティーブ・ジョブズ-偶像復活スティーブ・ジョブズ-偶像復活
    ジェフリー・S・ヤング (著), ウィリアム・L・サイモン (著), 井口 耕二 (翻訳)

    2005年、Mac miniとiPod shuffle を発表するにいたるまでの、アップル = スティーブ・ジョブズの非公認ノンフィクション。

    僕のいた研究室の助教授(現在准教授)は日本の美術家の中でも二重の意味でマックと関わりの深い人であったのだけれども、そこまでMac好きでもない自分がこの本を“今”読もうと思って手にしたのは、以下のブログの記事で、スティーブ・ジョブズの2005年のスタンフォード大学でのスピーチを観たのがきっかけ。

    ここで、ゆっくりと一つ一つのことを話していく、スティーブ。彼がどういう風にアップルを創り、追われ、戻ってきて、そしていまに至るのか。彼がどういう人間なのか。もちろんそれは直接彼に触れ、振り回された人にしかわからないのかも知れない(もっとも彼のことを本当にわかっている人は1人もいないのかも知れません)。『iCon』で描かれるこれまでの言動からの見えてくる人間像と、スピーチでの速度、表情、リズムから見えてくる人間像。

    Stay hungry, Stay foolish.

    自分を動かすきっかけとなるもの、モチベーション、本との出会い、人との出会い。作家との出会い。作品との出会い。テクノロジーとの出会いもあるかも知れない。
    彼のようになりたいとは思わないし、なれるとも思わないけれど、自分が社会の中で「大人」になってしまって、見えなくなってしまっていた「衝動」をいろいろ思い出させられた。

    (さらに…)

  • iMac 24inch + Parallels

    iPod touch を購入してから年末にかけて、自宅のPC周り環境をいろいろ新しく整備した。

    Parallels Desktop 3.0 For Mac まず Leopard になった iMac 24inch をメモリ4GBで購入。ずっと興味があった Parallels にて WindowsXP 及び、Fedora8 をインストール。

    WinXP on Parallels はかなり快適。メモリも十分余裕に積んでいるので、仮想XPにも十分割り振れる。またHDの追加やメモリサイズの変更なども柔軟。今までの Windows 環境をこっちに全部移してもいいかも知れないくらい。プリンタやUSB機器の接続などもうまくいっているみたい。

    Linux on Parallels についてはずっと ubuntu7.10 のセットアップを頑張っていたのだが、どうしてもどっかで詰ってしまいあきらめた(ググったり、del.icio.usもいろいろ参考にしたのだが、どうしてもダメだった。7.04からのアップデートも新規インストールも途中で絶対止まる。さらにはネットワークに繋がらない)。
    自分の環境ではどうもうまくいかなかったけれど、参考にお世話になったリストを。

    Parallelsもその後、アップデートされてLeopard対応周りの修正が進んだので、インストールしやすくなったかな?Fedoraは普通にすんなり入った。Linux を Parallels にインストール際に便利なのは、isoイメージをいちいちCDやDVDに焼かなくてもそのままマウントできる点。時間もメディアも無駄にしなくて済む。

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  • またこうして新年を迎えることができました。

    Snoopy in the lunchbox

    もう明けて3日ですが、またこうして新年を迎えることができました。
    昨年は個人的にいろいろと変化がありましたが、新しい環境に自分の場所をどうにか作ってきた感じです。

    仕事としてWEBサイトを制作する側になったわけですが、その分自分のサイトやブログを更新できなかったり、美術に関して使える時間も脳内のスペースもなかなか確保しにくくもあるのですが、その辺はまあ、本質的にはあまり変わってません。物事を考える一番コアなところはいつも同じです。

    「忙しい、忙しい」と言うのも、人が言っているのを聞くのも嫌なので、「忙しい」なんて言い訳をしないで、やりたいことをちゃんとできるような年にしなくては、です。

    みなさま、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

  • ソーシャル・ウェブ入門を読む

    ソーシャル・ウェブ入門—Google、mixi、ブログ…新しいWeb世界の歩き方「ソーシャル・ウェブ入門—Google、mixi、ブログ…新しいWeb世界の歩き方」
    滑川 海彦
    技術評論社

    ちょっと遅いけれど、ソーシャル・ウェブ入門を読了。このカバー・デザインのWeb2.0っぷりに正直敬遠していたのだが、あちこちで良い評を聞くので読んでみた。内容に関しては、Web2.0、から始まり、Google、群衆の英知、ソーシャルニュース、ソーシャルブックマーク、Youtube、CC、SNS、RSSとブログ、Webとプラットフォームと広くカバーする。

    とこう書いてしまうと、広く浅くのカタログのように感じられてしまうが、実際はそうでなく、それぞれのサービスのバックグラウンドであったり、反対項、懸念なども含めてバランスを保ちながら、密にまとめられている。例えば「Web2.0」というワードに関しても、ポール・グレアム(「ハッカーと画家」)らのリアクションについて触れられていたり、集合知に対しても集団の愚行の例も挙げられる。

    (さらに…)