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  • 病院を改装したギャラリーAMAと日本酒

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    千葉県御宿にあるギャラリーAMA。元々病院であったところを改装して私設のギャラリーとしている。オーナーは造り酒屋の岩瀬酒造。先代が海女の様子を記録していたものを常設展示している。展示室自体は小さいが、部屋に入る光とモノクロの写真、それに病院のライトという組み合わせはなかなか面白い。

    先代の岩瀬禎之がローライなどで撮った海女の写真は今では見られない土地の記録として貴重なもの。御宿でも有数の歴史を持つ家という、造り酒屋の若旦那が海女の群れの中に入り込んで、その自然体を数多く収められたというのはキャプションとしても興味深い。

    gallery-ama02.jpg建物自体もちょっと変わっている。話によると某有名建築の設計者の手によるらしいが、ちょっと調べたところソースは見つからなかった。

    他の部屋も見てみたかったが、公開はしていない様子。ここの建物自体を使ったインスタレーションなんかもいろいろ出来そう。イメージはいろいろ出てくる。

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    酒屋なので、もちろん日本酒も購入。休日の急な客にも多くの試飲を丁寧にさせてくれた。その中でもせっかくなので、今年できたての「岩の井 純米生酒 無濾過 しぼりたて」を。他には1983年の古酒も購入。
    写真後ろは、岩瀬酒造さんのものではなく、大多喜の道の駅にて購入した「銭神 純米大吟醸」。すごい名前だ。ほんの少しでも銭の神にあやかれれば。

    日本酒といえば、昨年蔵開きに参加させていただいた取手の田中酒造さんの今年の蔵開きが3月9日に行われる模様。

    と、まとまりのないエントリでした。

  • 「転換期の作法」を見る作法

    東京都現代美術館で開催中(06/01/21-03/26)の「転換期の作法 ポーランド、チェコ、スロヴァキア、ハンガリーの現代美術」について。

    この展覧会は、中東欧地域のうち、状況がやや異なるバルカン半島などを除き、ポーランド、チェコ、スロヴァキア、ハンガリー4カ国の現代美術を紹介するものです。

    転換期の作法:リーフレット

        ・・・中略・・・

    直面した「資本主義的ジャングル」の現実は厳しく、弱者救済の措置が十分に執られることもないまま、貧富の差は開く一方だともいいます。そうした日常のなかでアーティストたちもまた、それぞれの位置取りと生き残りの作法を模索しています。

    例によって Technoratiで「転換期の作法」を検索してみた結果を当ってみると、おおまかなところ感想は以下のような感じになる。

    1. 見に行きたい。(まだ見てない)
    2. とにかく面白くない。
    3. ビデオ作品が多く、長いので全部見れなかった。
    4. 西洋的文脈からしか評価できないことを感じた。

    僕も昨年に大阪の国立国際美術館で開催していた時期(05/08/02-10/10)から東京に来るのをずっと楽しみにしていた一人として、ハンガリーと今回外されたバルカン半島に縁と興味を持つ者として見に行ってきた。

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  • WEB暴力。via 歴史教科書

    教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書この本が出たのはもう昨年の5月だが、やっと年末になって福岡で読んだ。

    これは日本のインターネット草創期からの個人サイトと個人ベースのコミュニティについての「歴史教科書」だ。特に、今までちゃんとまとめられてこなかった、いかがわしい方面のカバーと、年表の充実ぶりがすごい。

    2ちゃんねるが出てくるまでに、すでにこれだけのことが起きていたのかという事実。掲示板をめぐるいろいろな事件とその顛末。「歴史は繰り返す」というのが本当だと納得させられる。今ネットのあちこちで起きているコミュニティ、コミュニケーション絡みのアレコレは、過去をなぞっているだけなのかも知れない。

    なかでも興味深かったのは第一章「ニッポンの商用インターネットの草創期」中、ウェブ暴力のトリックスターの項だ。

    WEB暴力。ケンカ相手求む!!

     これは11月に「チク菱」を立ち上げる中村ユウゴ氏が行なったネットバトル企画で、「ちょっと持て余しの気味のニキビっこ諸君にとっておきのお願いがありまーす」とやや挑発的に、ウェブ上で喧嘩相手を募集したのが始まりだった。

    教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書

    これが95年の話。FLASHにちょっと興味ある人ならピンとくるかも知れない、上の中村ユウゴ氏というのは、まさに中村勇吾さんである。氏の代表的な仕事は以下。きっとどれか見たことあるに違いない。

    そういえば、昨年BankARTの企画にも登場していたように思う。FLASHというだけでない、魅力的なコンテンツを送り出し続ける氏と、その95年の「WEB暴力。」がリンクした時、ゾクッとした。相互批判による意識向上と活性化、ウェブ上のコミュニケーションのあり方を浮き彫りにした出来事だったようだ。そういう意味では方法は180度違うものの、"ecotonoha"と本質的には変わらない。

    どの項も著者のばるぼらさんの周到なリサーチと資料により、その充実度は恐るべきほど。ぜひ読んで欲しい。

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  • さて、それからこれから

    もう帰国して1週間ほど経つわけですが、やっと時差ボケから解放された感じです。今回はウイーン→サラエボ→ベオグラード→ブダペスト→ベルリン→ベニス→ローマとトータルで2ヶ月弱もヨーロッパに居たわけで自分の中では一番長く日本を離れていたことになります。しかもその1週間前まではソウルに2週間。あっちにいる間はたまにからだ壊したりもしましたが、まあいたって健康だったのですが、やはり長期的な疲労がたまってて、日本に帰ってきて緊張がほぐれたので一気に疲れが出てしまったのでしょう。

    まあ、でも回復。今回中欧をまわっていて自分の歴史についての無知さを感じてしまって、今ハプスブルグ家、神聖ローマ帝国、オスマン・トルコ、イタリア各都市の歴史なんかを1から勉強しています。中高の世界史で聞いた気がするんだけど、全然勉強してこなかったもので。でも少しずつサラエボ、バルカン、ハンガリー、トルコ、ドイツが繋がっていくのが面白い。

    また、渡欧中はどうしてもニュースや話題に乗り遅れてしまっていたので、それも追いつく予定。でも自分のペースと時間は大切にしながら。
    携帯(サラエボでパクられてから今無いまま)はさすがに無しじゃきついなー。

  • 韓国からかえって一週間、

    韓国から帰ってきてもう一週間以上がたち、その熱も少しずつ冷めながら思うことがある。

    渡韓前にニュースなどで竹島問題での反日感情などをたくさん見ていたわけで、それについて多少覚悟をもって行ったのだが、実際ソウルを歩いていてそれに出会うケースはほとんどなかった。「日本人には売らない」という看板を出していた屋台を一軒見かけただけだ(しかも閉まっていた)。
    no japanese
    ただそれはそんなに簡単な話ではもちろんない。

    ソウル側でいろいろコーディネイトしてくれた人と夜バーで飲んでいた時、ふと竹島の話になった。彼女ははっきりと「竹島は韓国のものだ。」と言った。「日本人には政治の問題、韓国人には歴史の問題。」それまで優しくいろいろ面倒を見てくれていた彼女の強い言葉に、僕は何も答えられなかった。竹島は日本のものか、韓国のものか、それは自分には答えられない。今年になって話題になるまで何も教わってこなかったし、その存在すら知らなかった。

    日本のニュース番組が韓国の一般の人にインタビューをしていたのを見た。もちろんみんな「竹島は韓国のものだ。」と言う。そしてその多くの人は「この問題で日本との不仲になることを残念に思う。できることなら関係を修復したい。」とも言っていた。日本では「あれだけ言ってるんだから日本のものなんじゃないの?」と新橋の酔っ払いサラリーマンが答える。

    大人の対応をとってくれる隣人に感謝するとともに、大きな視野からものを見ることのできない子供のこの国の態度をひどく恥ずかしく感じた。

    自分は何も知らなかった。(知ろうという気がなかった?)


    今回の韓国行き関係記事まとめ:

    Stolen Moments
    牛味つけャルビ、サニーしタスごはん
    韓国、四月の雪、アンサンスー
    忍耐!/弘大のカフェ
    韓流TRIPHOP、ブリストル
    旅先で、Big Yellow Taxi
    .automeal
    제이미 올리버 a.k.a naked chef
    보쌈/ポッサム
    特味牛舌、生トゥンシム
    インサドンでクジョルパン
    Flickr!
    Seoul – a photoset on Flickr

    < この記事は以前"Web of Activities"に書いたものです。 >

  • 教科書には書いてなかったこと

    日本人が知らない石垣島に残る唐人墓

    中国人労働者を殺戮するために、石垣島に来航した米国軍艦サラトガ号は、2年後に他の3隻の軍艦と共に、江戸城に近い浦賀の沖合いに来航した。

    日本(本土)の歴史教育で、この史実は全く伝えられてこなかった。ペリー提督の来航に慌てふためいた江戸城の官僚たちよりも、石垣島民らによる事件処理の方がはるかに優れていたからであろうか。この苦力反乱事件の顛末は、中国本国でも、海外の華人社会でも中学校や高等学校の重要な歴史教材である。

    こんな事件の事知っていましたか?僕は知りませんでした。

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  • 特殊浴場/1984

    新語・流行語大賞

    ☆特別賞=「特殊浴場
    受賞者:イルハン・オウス(トルコ大使館参事官)
    今でいう「ソープランド」には長いこと「トルコ風呂」という俗称があった。トルコからの留学生がこれに異議を唱え、トルコの名前を消すことに努力。「特殊浴場」などの名前が提案された。

    「特殊浴場」なる言い方がある(あった?)ことをはじめて知りました。今でも品のないオジサンがたが「トルコ、トルコ」と当たり前のように言ってますね。それだけでなく、電車の中で当たり前のようにスポーツ新聞の風俗欄を広げてじっくりと見入っているのもどうなんでしょう?

    こないだ、東海道線の車中でなんですが、

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