教科書には書いてなかったこと

日本人が知らない石垣島に残る唐人墓

中国人労働者を殺戮するために、石垣島に来航した米国軍艦サラトガ号は、2年後に他の3隻の軍艦と共に、江戸城に近い浦賀の沖合いに来航した。

日本(本土)の歴史教育で、この史実は全く伝えられてこなかった。ペリー提督の来航に慌てふためいた江戸城の官僚たちよりも、石垣島民らによる事件処理の方がはるかに優れていたからであろうか。この苦力反乱事件の顛末は、中国本国でも、海外の華人社会でも中学校や高等学校の重要な歴史教材である。

こんな事件の事知っていましたか?僕は知りませんでした。

今になって、僕がこの事件によってアメリカを責める資格はない。日本も同じように、「南京大虐殺」ということをしでかしている。そしてその事もやはり歴史の授業でも、教科書でもきちんと教わらない。

教科書問題もたまに話題になっては、いつも完全に解決されない。そして忘れられる。

相手を、相手の国を理解していくためには知らなくてはいけないことがまだまだたくさんある。

< この記事は以前"Web of Activities"に書いたものです。 >

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One Response to “教科書には書いてなかったこと”

  1. iwai

    う?ん。全然知らなかった。このようなことを知らなかった、ということ自体が不思議というか、恥ずかしい限りだが。大きな事件なのに。それにしても琉球の人々の、苦力をかくまう姿勢と、英国をなだめる、という交渉力には脱帽です。今の日本政府なら身柄を即座に渡すのでしょうねぇ。

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