木村伊兵衛という透明な存在

木村伊兵衛の眼—スナップショットはこう撮れ!

見えるものも見えないものも含めて、彼にはわれわれを動かしている歴史に興味がなかったのだ。もし木村伊兵衛を批判しようとするなら、彼を貫く主題の欠如や社会的関心の希薄さを指摘することは容易である。

木村伊兵衛の眼』に収録の多木浩二の短い評論「日常という文化を撮り続けたまなざし」は上のような木村への批判の在りかをあらためて確認した上で、それでもなお木村伊兵衛という写真家と、その写真の意義について考察をよせている。

木村伊兵衛の写真というのは、ドラマチックでもなければエキセントリックでもない。凝った構図も見られなければ批評的に何かを暴き出そうともしない。他の著名な写真家に比べて「木村伊兵衛の写真」としてどれか一枚を即座に思い浮かべられる人も少ないのではないかと思う。

「ライカ」とともに語られるばかりで、写真論として木村自身の写真家としての特性を論じたものはあまり見られなかった。実際この「木村伊兵衛の眼」でも荒木経惟や高梨豊までが「ライカと木村伊兵衛」、そのオツぶりばかりに終始している。

「市井の人々を撮った気張らないスナップ」という評は

でも伊兵衛さんの実家の組紐屋って金持ちなんだよ。うちの下駄屋とは違う。だってライカを買えるんだから。

荒木経惟「ふつうのなかにいちばん大切なことがある」

と言われる中でどれだけの意味を持つのだろうか。

歴史が戦争から戦時、戦後そして復興へと動いていく中、市井の人々はそれに能動的に参加しているわけではなく、その変化を後から受動として受け止めることしかできなかったわけだ。その中で人々というのは日常を淡々と真剣に能動的に暮らしている。木村伊兵衛の撮ってきたその日常生活のスナップは背景にある歴史がどんなに動いていても、基本的にいつも変わらない。真剣に日常を送る被写体に感情移入することもない。

木村伊兵衛のスナップは市井の人々を撮っているようで実は少しも「人」を扱っていない。東京であってもパリであっても、1930年代であっても1950年代であってもだ。そこに写る人の動きというのは風景と等価に写真の像をなしている。そういった意味では受け取るイメージこそ大きく異なるものの、森山大道や中平卓馬が主題の手段として選択した「スナップ」のあり方と似ている点もあるかもしれない。木村が写してきた生活というのは結果として、中平卓馬にとっての植物図鑑と同じ意味を持ち、そしてそれ以上の意味を持たない、そう捉えるのは乱暴だろうか。

特定の意味を強調することなく撮っていた無数のスナップが、おのずとある都市の記憶のように存在しているのだ。

多木浩二「日常という文化を撮り続けたまなざし」

遠慮会釈なく記憶を殺していく都市「東京」の日常の記憶。木村伊兵衛の写真がその外部記憶装置としての意義を持つとしたら、それは木村自身が日常にいるようでいて、けして「市井」には存在していない、どこか透明な存在であったからなのかもしれない。われわれに向けられている木村の視線にこちらから視線を返そうにもその透明さゆえに行き場を失ってしまうからこそ、写真に精緻に写し込まれたディティールにわれわれは惹きつけられてしまうのだろう。

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