51.ヴェネツィア・ビエンナーレ 4


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THE EXPERIENCE OF ART
火曜日、今度はメイン会場のGiardani公園へ。ここでは上のタイトルの展覧会と各国のパビリオンの展示が行われている。国際展としての「ビエンナーレ」らしいのはやはりこちらか。前回もそうだけれど、GiardaniとArsenalは場所もあるだろうけれど、全体の構成の方向付けが明らかに違う。大ざっぱに言えば、巨匠やペインティングが多く秩序立った前者と、第三世界や若手が多く混沌とした後者。それはホワイトキューブと、倉庫という空間の違いに拠るところも大きいと思う。

Jenny Holzer

Jenny Holzerというわけで、もう説明のいらないジェニー・ホルツァー。彼女の作品はそれこそあちこちでよく見てきているけれど、初めてきれいだと思った。

Francesco Vezzoli

ベネチオ・デルトロ、ミラ・ジョヴォヴィッチといったハリウッドスターを贅沢に登場させ、昔のスペクタクル映画のリメイクの予告編(パロディ?)のような映像作品のフランチェスコ・ヴェッゾーリ。執拗に連呼される「カリギュラ!」。贅沢に有名なスターを使っているのがもちろん作品の面白さの大事な点だけれど、それを素直に認めてしまっていいのかな?という気も個人的にはする。一番コストのかかっている作品かも知れない。

Candice Breitz

Candice Breitz南ア出身のキャンディス・ブライツは好きな作家の一人。日本でも2002年の「現代美術への視点 連続と侵犯(東京国立近代美術館)」でも紹介されている。
「クレイマー・クレイマー」などの映画から前後の脈絡、背景から切り離されたメリル・ストロープ、フェイ・ダナウェー、ダイアン・キートン、ジュリア・ロバーツ。反対側ではダスティン・ホフマンにハーヴェイ・カイテルにドナルド・サザーランド。それぞれはセリフを解体され、ただ滑稽なやりとりを繰り返すために再構成させるためだけにいる。そのサンプリングの面白さは上のフランチェスコ・ヴェッゾーリとは正反対のものだ。同じハリウッドスターを登場させるこの二人の作品の違いを考えるだけでも十分に面白い。
ちなみに02年の「連続と侵犯」の時にはカレン・カーペンター、アニー・レノックス、ホイットニー・ヒューストンをそれぞれ二人ずつ向き合わせて「YOU」、「I」だけ切り出してループさせていた。こちらもとても印象に残っている。

Bernard Frize

Bernard Frize今回のペインティングの中で一番良かったのはフランスの彼の作品。ブラシストロークと、「混ざる」「重なる」「触れる」といった絵の具の性質をうまく使い、光を感じるオーソドックスな平面な作品。こういう場で期待しがちな「真新しさ」は全くないといっていいけれど、久しぶりに「絵」としてきれいな作品を見た気がした。会場の白い空間にとてもマッチしていた。

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