June 11, 2007

「誰も知らない」のアポロチョコレート  review

誰も知らない是枝裕和監督の「誰も知らない」の中に登場する食べものの中で、カップ麺と並んで印象に残っている食べものに「アポロチョコレート」がある。多くの人がこどもの時に大好きであっただろう、あのイチゴ柄のパッケージのチョコレートだ。

 都内の2DKのアパートで大好きな母親と幸せに暮らす4人の兄妹。しかし彼らの父親はみな別々で、学校にも通ったことがなく、3人の姉弟の存在は大家にも知らされていなかった。ある日、母親はわずかな現金と短いメモを残し、兄に姉弟の世話を託して家を出る。この日から、誰にも知られることのない4人の子供たちだけの”漂流生活”が始まる。

誰も知らない

新しいアパートに引っ越してきた次の日(まだ母親のいた日)、買い物に出かけた長男の明(柳楽優弥)は一番下の妹ゆき(清水萌々子)に頼まれたアポロチョコレートを忘れずに買って帰る。


Apolloその日のアポロチョコレートを「宝石」のように大事に抱えていたゆきは、家出したまま帰らぬ母を駅前でまちながら、最後の一個を食べる。

「誰も知らない」の演出ノートには、モチーフになった事件についてや俳優、設定について監督自身の言葉で書かれているが、その中では「アポロチョコについて」も触れられている。

 今回は、かなり詳細な脚本を書いて撮影に臨んだつもりなのだが、出演してくれたこどもたちからもらって来たものも当然のようにある。先ほど触れた優弥くんの成長がもちろんその最大のものだが、それ以外にもたくさんのものを彼ら自身からもらっている。例えば末娘のゆきの好物は、脚本ではイチゴポッキーだったが、萌々ちゃんがアポロチョコが好きだったことで変更した。

演出ノート

見ていない人のために具体的なストーリーについてはここで書かないが、この「誰も知らない」という作品は決して”明るい”話しではない。しかしその話しをどうしようもなく暗い描写にせずに描けたことについて、同じ演出ノートの後半で触れいてる。

これは登場人物を演じてくれた子供たちの力に負うところが大きいのだが、この”明るさ”、”たくましさ”が捨てられたこどもの時間と空間を、ある種の逆ユートピアとして浮上させたように思う。そのことによって、この子供達が単純な犠牲者としてとらえられることを、彼ら自身が拒絶するという逆転が起きたのだと思う。これは全く予想外の出来事だった。

さて、新しいアパートでの新しい生活のスタートの日に、家出して帰ってこない母を駅まで待つそのシーンに、ゆきが食べているのがイチゴポッキーだった事を想像してみよう。それは見るものにとって全く印象に残らないシーンになり、ストーリーと演技のディティールに違和感を残すだろう。

アポロチョコレートの登場するシーンが最後にもうひとつある。
19個もアポロチョコレートを買うボロボロのTシャツを着た明にコンビニの店長は全く心のこもらない口調でこう言う。
大勢で遠足にでも行くのかなー。楽しそうだねー。

そしてわたしたちは、もう立派な青年になった柳楽君が自分を捨てた母親(YOU)と一緒に出演しているCMを自然に受け入れている。

投稿者 Kei : June 11, 2007 3:06 AM

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